「成瀬塾通信」 No.2は、私の雑感にします。

 

若い時分に高校の先生をしていたこともあって、高校生を教えたいなあと、以前からずっと思っています。

 

10年ほど前のことです。あるひとに高校生に英語を教えたいといったら、受験英語ですか、英会話ですか、とたずねられました。いえ、受験も英会話も関係なく、グローバル英語の読み書き中心ですと答えると、その人はおし黙ってしまいました。忙しい高校生を相手にして受験勉強や英会話以外の英語を教えるという発想自体が非常識であり、そんなことが世間で通用するはずがない、とそのひとの眼が語っていました。その眼にさらされながら10年前の私は、そうなんだよなあ、「世間では通用しない」んだよなあ、などと意気消沈をしていました。

 

けれども、それからの10年で、私も「世間」も変わったように思います。

まず私のほうですが、人生の大半をかけて取り組んできた文法と翻訳の「心」モデルが完成して、その後はその理論とモデルを教育の現場で活用するためのテキストと教材づくりを続けています。サイマル・アカデミーでの教育実践は20年になり、それなりの実績を残してきました。いまの自分が10年前の自分と大きく違うのは、こうしたことを経たことで教育者としての自分に対してようやく自信が持てるようになったことです。

 

いっぽうで「世間」のほうも、この10年で少し変わってきたように思います。まず、「人生100年」の時代が本当にやってきました。リンダ・グラットンの『ライフシフト』によると、2007年生まれの日本人が107歳まで生きる確率は50%です。すなわち、いまの高校生の大半は100歳以上まで生きる、ということです。

 

高校生の英語学習といえば受験英語といった考え方は、いまの時代では「常識」なのかもしれません。しかし実際には、これは新しい時代においては「非常識」です。現在の学校制度や会社組織など、50年後には、まず間違いなく崩壊しています。そのころ、現在の高校生は60歳代。まだまだ人生の道半ばなのです。

うした激動の時代において、高校時代の受験英語など、はたしてどの程度の意味があるというのでしょうか。

 

この矛盾に誰もが気づきはじめています。特に当事者である高校生は気づいているはずです。ただ、気づいてはいるけれども、まだそう言い切るだけの自信がない、といったところではないでしょうか。なぜなら、まわりの大人たちの多くが、いまだに旧来の「世間の常識」に縛られたままだからです。リンダ・グラットンがいうように、これからの時代に過去のモデルは役に立ちません。そしていまの高校生たちには、まわりに「ロールモデル」(生き方のお手本となる人物)があまりにも少ないといえます。

 

だからこそ、私がやるべきことは、「受験英語や英会話など、君たちの長い人生にとって、大した意味を持たない。君たちにとって大事なことは、本物の言葉の力、それも日本語と英語の両方の力を身につけるために

努力を積み重ねることである。それが君たちの人間力の源となり、これからの人生を支える基盤となる」という明確なメッセージを、彼らに対してできるかぎり発信することだと思っています。

 

私は50歳をすぎてから、当時80歳代後半の日野原重明先生に出会うことができ、それによって、少なくとも90歳までは仕事をし続け、生きているかぎりは成長をし続けるんだと決心することができました。

 

人からのメッセージは、人生を変えます。私は日野原先生からのメッセージで人生を変えていただきました。だからこんどは私のメッセージで誰かの人生を変えたいと、願っています。

 

成瀬