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以下、バックナンバーです。

 

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成瀬塾通信39 
2022年10月期前期(10月~12月)の開講予定クラスのお知らせ、他

 

掲題のとおり、2022年10月期前期(10月~12月)の開講予定クラスが決まりましたので、お知らせします。成瀬塾サイトの以下のページをご覧ください。

https://www.narusejuku.com/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E6%A1%88%E5%86%85

今期から10月期前期(10月~12月)というように、従来の18回コースを9回ごとに2分割してみました。株式分割のイメージでして、このほうが受講しやすいのではという意図なのですが、さてどうでしょう。とりあえずやってみます。

また、あらたに通信添削コースも用意しました。これはZ会のイメージです。「こころの英文法」からはじめてみます。

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ここからは私事(わたくしごと)ですが、経済金融分野の中国語リーディングの学習を本格的にはじめることにしました。70歳までの3年のうちに経済金融分野の日・英・中のクロスチェック業務で使える水準にまで到達するつもりでおります。

じつは、かなり以前にサイマルのほうから日・英・中のあいだの訳文クロスチェックができないかと尋ねられたことがあります(「成瀬さんなら何でもできそうですから」といわれましたが、そんなことはありません)。そのときから、いつかは(経済金融分野の)中国語リーディング学習を本格的にやってみたいと思っていました。そこで今回、思い切って学習をスタートしてみることにしました。

現在の翻訳の体制では、日本語テキストを英語・中国語に訳す際には、日→英・日→中という別々の作業をするのが普通です。ただそうすると、出来上がった英語訳文と中国語訳文の内容が大きく異なってしまっている(文体やモダリティだけでなく命題やロジックも含めて)というケースがしばしば起こります。そうしたトラブルを防ぐには日・英・中の3言語の訳文をクロスチェックする必要があるのですが、それができるチェッカーは(特に経済金融分野では)ほぼ存在しません。それを解決するソリューションを提供したいというのが、私の目標です。

総学習時間は1000~3000時間程度を想定しています。まずIMFのWorld Economic Outlookや各種アナリストレポートの中国語バージョンを正確に読める(音読を含む)ようになることが目標とします。日本の金融分野の大学院で勉強している中国人留学生をオンラインで見つけることができたので、個人学習を進めるとともに、彼女とのオンライン授業で発音・文法のチェックをお願いするつもりでおります。もしもご興味のある方がいらっしゃれば、一緒に勉強をしてみませんか。

 

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成瀬塾通信38 
Subject-Predicate書き換えトレーニングについて

 

先日の成瀬塾のクラスで、私が書き換えトレーニングの大切さを熱弁したあとに、Hさんからこんなようなコメントがありました。

「少し、混乱をしています。これまで先生は、できるかぎシンプルに表現するのがよい、と指導されてきました。ところが今回の書き換えトレーニングでは、さまざまな表現が自在につくりだせることが重要だとおっしゃっています。シンプルであれ、と同時に、さまざまな表現をつくりだせ、という、この2つの指導が、自分のなかでうまく消化できません」

どきっとしました。Hさんはいつもこういった本質を突いたコメントをしてくる人なのです。そしてそのコメントが私を次のステージに進めてくれます。本当にありがたいことです。

シンプルであれ、と同時に、さまざまな表現をつくりだせ、という、いっけん矛盾するようにもみえるこの2つの目標の融合こそが、私の目指すグローバル英語ライティングの中核をなす考え方です。

成瀬塾の書き換え演習は「シンプルな構文で、さまざまな表現を自由自在に使いこなせるようになる」ためのトレーニングです。もう少し具体的に表現すると、さまざまなSubject-Predicateのかたちを適確なかたちで自由自在に使いこなせるようになるためのトレーニングです。そしてこの能力こそが英語力のなかで最も重要な能力なのです。

別の言い方にすると、Modifierを使った複雑な表現に頼るなということであり、同時に、少数の決まりきった構文や表現に依存するなということでもあります。豊かな表現力とは、複雑な表現を使える力ではなく、さまざまなシンプルな表現を自在に使うことのできる能力のことです。

これから成瀬塾で本格的に取り組むことなる、この書き換えトレーニングは、皆さんの英語の表現力を劇的なまでに向上させる画期的なメソッドになるものと、私はみています。おおいに期待していただいてけっこうです。

 

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成瀬塾通信37 
英語学習は基礎の基礎から一歩ずつ(1) 第一助動詞としてのbe, do, have

 

私は、日本人の英語学習において最も足りていないもののひとつは、真の意味での英文法の「基礎の基礎」の学習だと思っています。英語の基礎の基礎を学習しておらず、それが理解できていないから、英語の本質がわからない。ゆえに本当の意味での英語の習得ができない、という考えです。

一例を挙げましょう。be, do, haveという語が持つセンテンスでの機能/用法には、「本動詞」(Main Verb)としての機能/用法があるのと同時に、「第一助動詞」(Primary Auxiliary Verb)としての機能/用法があります。しかしながらこのことを、ほとんどの日本人英語学習者は知りません。なぜなら、学校での英語のクラスではそのことをきちんと教えないからです。また、英語の参考書にも、ほとんど載っていないからです。

たとえば、中学の英語教科書(New Crown)には、次のような基本文が載っています。

  • This is a hawk. / Is this a hawk? / Yes, it is a hawk. No, it is not a hawk.

  • Tom is studying math now. / Is Tom studying math? / Yes, he is. No, he is not.

  • I play soccer. / Do you play soccer? / Yes, I do. No, I don’t.

  • I have just finished lunch. / Have you finished lunch? / Yes, I have. No, I haven’t.

  • Koji can play the piano. / Can Koji play the flute? / Yes, he can. No, he can’t.

  • It will be hot tomorrow. / Will it be hot tomorrow? / Yes, it will. No, it will not.

ここに出ているbe, do, haveは、文法的な概念でいえば「第一助動詞」(Primary Auxiliary Verb)であり、can、willについては「法助動詞」(modal auxiliary verb)です。

なぜこれらすべてが文法的に「助動詞」(auxiliary verb)に分類されるべきかというと、これらの語が持っている機能と用法がすべて同じだからです。すなわち、

1)本動詞の直前に示されて、

2)本動詞が表す「こと」に対する対事的モダリティ(主観的判断)を示す

という役割を果たします。また、

3)疑問では(通常)文頭に位置を移し替え、否定ではその直後にnotを付加します。

(なおbeingとdoの省略については「補足説明」をご覧ください)

このようにbe, do, have, can, willなどがすべて助動詞としての仲間であるという知識と「感覚」は、英語の根幹であり、英語を英語として理解するうえでは欠かせないものです。それがわかっていなければ、英語の世界の心の働き方がわかりません。それでは英語を自分のものにすることは不可能です。

英語ネイティブたちは、be, do, have, can, willなどが仲間であるという「感覚」を無意識下で習得していきます。それは私たち日本語ネイティブが助詞(は、が、を、に、の、他)の機能と用法を無意識下で習得するのと同じです。しかしグローバル英語をみずからの第二言語として習得しようとしている私たちにとって、そうした無意識下での習得は不可能です。したがって、知性を利用してその「感覚」を意識的に習得していくしかありません。そしてそれは可能です。

be, do, haveが「本動詞」(Main Verb)であるのと同時に「第一助動詞」(Primary Auxiliary Verb)でもある、ということを私が知ったのは30歳を越えてからのことでした。またそのことを知ったのちにも、どこか納得ができず、いまのような理解にまで至ったのは50歳を超えてからのことです。

なにしろ、どこにも手引きがありません。日本語で書かれた英文法書だけでなく、英語ネイティブの書いた英文法書もずいぶんと読みましたが、私を納得させる説明はどこにも見つかりませんでした。そこで一人で懸命に考えたすえに、たどり着いた結論が上に述べたことです。これが私の「心の英文法」です。もし納得していただけるようなら、ぜひ学んでみてください。

 

(補足説明1)

ここで知っておかなければならないのは、いくつかのケースで本動詞や助動詞の省略がなされているということです。具体的には

This is (being) a hawk. Is this (being) a hawk? → This is a hawk. / Is this a hawk?

I (do) play soccer. → I play soccer.

などがそれにあたります。

なおbeingは英語の世界ではそのほかにも極めて多くのケースで省略されます。たとえば、

He had a portrait of his daughter (which was) made by the well-known painter.

→ He had a portrait of his daughter made by the well-known painter.

といった具合です。このようにbeingは省略されるほうが一般的なのです。その典型がThis is (being) a hawk.だと考えればよいでしょう。「省略」という心の働きについては、また別稿で詳しく説明します。

 

(補足説明2)

「第一助動詞」(Primary Auxiliary Verb)としてのbeについて、少しだけ補足説明をしておきます。少々(というか、かなり)理屈っぽいので、それでも大丈夫!という人だけ、お読みください。

第一助動詞としてのbeが持つ「意味」は、

【(本動詞が表す)「こと/事態」が「ある/存在する」】という「主観的な判断」を示す「対事的モダリティ」表現です。

なお、本動詞としてのbeが持つ「意味」は、【Subject(主体)が「ある/存在する」】ことを(客観的に)示す「命題」表現です。たとえばですが、I think, therefore, I am.(われ思う、ゆえに、われ、あり)の「am」が、その一例です。ただし、実際にはbeが本動詞として利用されるケースは、ほとんどありません。

なお、法助動詞(will, canなど)は格変化をしませんが、第一助動詞(be, do, have)については、本動詞と同じく格変化をします。おそらくこの格変化の存在が、be, do, haveの第一助動詞としての理解の妨げとなっているものと思われます。

これについては、本動詞としての利用がない法助動詞とは違って、be, do, haveは本動詞との併用であるために、両方の格変化が実際の言語運用のなかで一体化してしまったためだと、私は解釈しています。

 

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成瀬塾通信No.36 
センテンスづくりの「感覚」について

 

前回紹介した「二分性」は、英語における「認識」の基盤です。それに対して、ここで紹介するセンテンスづくりの「感覚」は、英語における「表現」の基盤です。このセンテンスづくりの「感覚」を深く理解して広く活用できるようになることが、私たちの英語学習の大きな目標の1つです。

センテンスづくりの「感覚」を考える前提として、英語センテンスの構造図をまず紹介しておきます。

 

 

英語のセンテンスはSubject(S)、Predicate(P)、Modifier(M)、Connector(C)という4つの要素から構成されています。なおPredicateの下部要素として(predicative)Verb、Object、Complementがあります。ModifierにはAdjectivalとAdverbialの2種類があります。

これがセンテンス要素のすべてです。それ以外にはありません。ということは、英語のセンテンスづくりとは、この4つの要素を適確に並べていくことであり、それに尽きます。

その際、作り手の心がどのように動いているのかを把握しておくことが、私たち日本人英語学習にとってなによりも重要です。なぜなら、そうした「英語の心」を理解して自分でも運用できるようになれば、私たちは英語を英語として理解できるようになり、また自分たちでも英語を英語としてつくれるようになるからです。

ではセンテンスをつくる際に、具体的に「英語の心」はどのように動いているのでしょうか。

ここでは「動名詞」を用いるセンテンスを一例として取り上げてみましょう。「動名詞」というのは名詞=Subject, Object, Complementとして用いられる動詞由来の表現のことです。下に例文を挙げます。『和文英訳の修行』(佐々木高政)の文例からです。

 

I cannot stand being laughed at.

 

このセンテンスのSubjectはIです。次にくる可能性がきわめて高いのはPredicative verbです。そこで英語の心で次を待っているとcannot standがきます。これはPredicative verbです。

では次に何がくるのでしょうか。このとき「英語の心」は2つの選択肢を持ちます。Objectがくるか、こないか、です。Objectがこなければstandは自動詞用法ですからI cannot stand.(私は立てない)になります。この可能性はありますが、それよりも可能性が大きいのはObjectがくる方です。なぜならそれが英語の世界(二分性)の基本形だからです。

Object(=名詞)表現としては様々なものが考えられます。語(I cannot stand the noise.)、代名詞(I cannot stand it.)、名詞節(I cannot stand that he was made into a hero.)などにくわえて考えられるのが、動名詞(句)です。実際、このようにさまざまな表現の可能性を心に持ちながら次を待ちかまえていると、ここできたのはbeing laughed atという動名詞句でした。これがObjectです。これでI cannot stand being laughed at.となりました。意味は「馬鹿にされることは我慢ならない」です。

こんなふうに、次に何がくるのかの選択肢をいくつも心に用意しつつ、次の要素(ここではObject)を理解していくこと。これが英語センテンスの「心の動的理解」の基本形です。

自分でセンテンスをつくるときも、心の動きは同じです。まずSubjectをつくり、それからPredicateのPredicative Verbを決め、そして必要であればObject・Complementを決めます。それぞれに表現はさまざまです。このS+P(VO/VC)の心の働きを基本としつつ、実際のセンテンスづくりではその周りにさまざまなModifier(形容詞/名詞、これも語・句・節といった様々な表現選択肢がある)を加えていきます。

こうした一連の心の働きのプロセスこそが、英語センテンスづくり「感覚」なのです。そしてつねに無意識レベルでストレスなくこの感覚を活用できるようになることが、私たちが英語を英語としてマスターするための必須条件です。

英語センテンスづくり「感覚」を身につけるためになによりも必要なのは、練習です。Practice makes perfect.です。ところがこれまでの英語教育では、英語センテンスづくり感覚を磨くための練習機会がほとんどありませんでした。そのため、ほとんどの英語学習者が「英語の心」に手が届かず、英語を英語として読めず、英語を英語として書けないままでいます。この不毛な状況は変えなければなりません。成瀬塾では学習者の英語センテンスづくり「感覚」を習得してもらうべく、実践的で効率的なプラクティスの場を提供します。

 

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成瀬塾通信No.35 
二分性(dichotomy)

 

ほとんどの英語学習者にとって「二分性」(dichotomy)という言葉は、まったく耳慣れないものだと思います。従来の英語教育においてこの概念が取り上げられることはありません。みんなが知らないのは当然です。

しかしこの「二分性」という概念の深い理解と広い活用力の獲得こそが、日本人の英語学習の最大の山場であると私は確信しています。ここが乗り越えられないから、日本人は本当の意味で英語ができるようにならないのです。たとえ表面上は英語ができるようになったとしても、それはたんに英語の世界の上っ面をなめているにすぎません。「二分性」が理解できないかぎり彼らの思考(心)の原点が理解できず、それが活用できないかぎり彼らとの深い心の交流はできないからです

私の資料である「こころモデル概説ーー基盤、理論、技法、実践 【図表編】」(2022年3月版)では「二分性」について、禅の研究者である鈴木大拙の言葉を紹介しています。そこで語られている「西洋の人々は、物が二つ(ダイコトミイ)に別れてからの世界に腰をすえて、それから物事を考える。東洋は大体これに反して、物のまだ二分しないところから、考えはじめる。」というコメントこそが、キモです。

みなさんは、学問でも、ビジネスでも、他の分野でもよいですが、欧米的な考え方に接したとき、「なるほど、じつにすっきりとした説得力のある考え方ではある。しかし、深い部分でなにか納得しがたい部分もある。この世界は、彼らが語るほどすっきりと割り切れるものではないはずだ」などと思ったことがありませんか。私には、そうした経験がいくどもあります。「この世界は、かんたんには割り切れない」という感覚こそ、「物のまだ二分しないところから、考えはじめる」という東洋的発想の所産です。西欧的な発想では、「物のまだ二分しないところ」は考えないのです。あるいは、考えられないのです。

西と東のどちらの発想(世界観)がよい、悪い、というのではありません。2つの発想(世界観)は相互補完的です。2つがお互いを補い合ってこそ新たな人類の世界文化が生まれるのだと鈴木大拙は強調しています。大拙は次のように述べています。「二分性が全部よいとか悪いとかいうのでは、もちろんない。東洋としては二分性の徹底を学ばなくてはならぬ。これを顧みないで、東洋主義とか愛国心とか何とかいうもので騒ぎ立つべきでないことは、いまさら言うまでもない。」

私たちは、西欧的な「二分性」の世界を深く学ばなければなりません。そして習得していかなければなりません。それが英語を学ぶことの第一の意義だと、私は思います。

 

2. 二分性(dichotomy)と不二性(un-dichotomy)

外国にいるころ、よく口ぐせのように言ったことがある。それはこうだ。西洋の人々は、物が二つ(ダイコトミイ)に別れてからの世界に腰をすえて、それから物事を考える。東洋は大体これに反して、物のまだ二分しないところから、考えはじめる。こうしてお互いに生きていて話し合い、おつきあいする点では、たいして気もつけずにすんでいるが、少し何かの点で、ひょっと変だなと思うことがあるとき、その原因をつきとめんと歩を進めると、つまりは、西は二分性の考え方、感じ方のところに立脚していることがわかる。

(略)

分割は知性の性格である。まず主と客とをわける。われと人、自分と世界、心と物、天と地、陰と陽、など、すべて分けることが知性である。主客の分別をつけないと、知識が成立せぬ。知ると知られるもの―ーこの二元性からわれらの知識が出てきて、それから次へ次へと発展していく。哲学も科学も、なにもかも、これから出る。個の世界、多の世界を見てゆくのが、西洋思想の特徴である。

(『東洋的な見方』、鈴木大拙、角川ソフィア文庫、より)

 

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成瀬塾通信No.34
成瀬塾での英文ライティングコーチングの体系/手法について

 

成瀬塾で英文ライティングのクラスをスタートしてから1年がたちました。いやあ、楽しかったです。受講生の皆さんのライティング力が伸びる様子を横からみていると、とてもよい気持ちになります。すくすくと育っていく植物たちをみているA plantsman(園芸家)になった気分です。大きなやりがいを感じますね。これから一生、続けていくつもりです。

一人のコーチとして私が感じるのは、皆さんが持っている成長の潜在力の大きさと確かさです。私たちはみな一般に考えられているよりもはるかに高い水準にまで成長できるのだという確信に到りました。ただし、きちんとした環境さえ整えば、です。生き物はすべてそうなのですが、すくすくと伸びるためには環境がとても大事です。

成瀬塾では、皆さんの英語ライティング能力を伸ばすための環境を整えることで、ひとりひとりの成長を促します。そのために必要なのが、コーチであり、コーチング体系/手法です。とくに日本人の英文ライティング学習の場合、適切なコーチと適切なコーチング体系/手法が存在しなければ、せっかくのトレーニングが確かな成長へとつながりません。

残念ながら従来の日本の英語教育には英文ライティングにおける適切なコーチとコーチング体系/手法が存在しません。ゆえに私たち日本人は英語がうまく書けません。(すでに述べたように)私たちには英語がうまく書けるようになる潜在力があります。その潜在力を引き出す環境がないのです。成瀬塾がその環境になります。

たとえば、成瀬塾では皆さんから提出された英文を、以下の規準で分析し、そこから問題点とその原因を洗い出し、それに対応する学習の方法を提示します。

 

A.規則違反

1.構文、2.名詞認識・表現、3.動詞認識・表現、4.接続認識・表現、5.表記、6.その他(情報構造、論理、他)

  • 原因:知識と運用力の不足、日本語による干渉、その他(不注意、他)

  • 学習方法:該当箇所に関する知識の習得(こころの英文法/日本語/翻訳)とトレーニング(演習)

  • 成瀬の役割:規則違反を明確に指摘し当該知識を教える。トレーニング内容を指示する。トレーニング結果を評価しアドバイスを与える。

 

B.疑わしい選択

1.構文認識・表現、2.名詞認識・表現、3.動詞認識・表現、4.接続認識・表現、5.文体・語彙、6.その他(情報構造、論理、他)の疑わしい選択

  • 要因:その認識・表現を十分に理解していない。類似の認識・表現を十分マスターしていない。その他。

  • 学習方法:その認識・表現と類似認識・表現の再学習。

  • 成瀬の役割:それが疑わしい選択であることを説明し、当該認識・表現と類似認識・表現の再学習方法を指示し、その結果を評価しアドバイスを与える。

 

C.検討の余地がある選択

1.構文、2.名詞認識・表現、3.動詞認識・表現、4.接続認識・表現、5.その他(情報構造、論理、他)

  • 要因:Bと同じ

  • 学習方法:Bと同じ

  • 成瀬の役割:Bと同じ

 

まとめますと、分析で見出された問題点はA.規則違反、B.疑わしい選択、C.検討の余地がある選択の3つのエリアに分けられ、それぞれのエリアで1.構文、2.名詞認識・表現、3.動詞認識・表現、4.接続認識・表現、5.その他(情報構造、論理、他)といったカテゴリーに分類され、そのうえで、それぞれに見合った学習方法がコーチ(成瀬)のほうから提示されます。その学習結果はコーチ(成瀬)によってレビューされ、それが学習者にフィードバックされます。

このような体系的なコーチングをおこなうことで、学習者は学習課題を明確に把握できるとともに、今後の学習の具体的な方向性を知ることができます。またその学習成果を明確に知ることができます。

私としても英語ライティングのコーチングについてはまだ始めたばかりでして、コーチングのシステムやメソッドにはまだまだ改良の余地がたくさんあります。ですから私自身、これからコーチとしてもっともっと高い水準にまで成長ができるのだと自分自身に期待をしております。

 

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成瀬塾通信No.33
私たち英語ノンネイティブは英語で間違いを犯してもよいという”自由”と”権利”を持っている

 

「運命なら運命で、いいじゃないか。どうせ変えられないのなら、気が楽だ。私はあらゆる義務から解放された。何をやってもいいのだ。私はいつもここにいる。変わらぬ自分と出会っている」

それは、あきらめることによって、絶望という客観性の重さに肩すかしをくらわせてしまうようである。あきらめという思いがけない行動で霧散してしまった客観性は重みを失う。

そのとき、主観性は運命の中に浸透しはじめる。(略)

私は運命の中に浸透しはじめ、運命を自由に動かしはじめる。

(『人は変われる』、高橋和巳、ちくま文庫より抜粋)

 

私たちの英語学習のなかでなによりも大事なことは、英語の間違いに対する「解釈」のひっくり返しです。

私たちは英語のノンネイティブです。ノンネイティブは間違いを犯します。これは必然であり、いわば私たちの「運命」です。運命は変えられません。つまり、いくら勉強をしようとも間違いがゼロになることなどないのです。

問題は、これをどう「解釈」するかです。英語ネイティブに間違いを指摘されるとき、私たちは恥ずかしさを感じたり、失望や(ちょっとおおげさですが)絶望を感じたりします。そしてほとんどの人がそう感じるのは仕方がないことだと思っています。

違います。これこそが私たちの成長を阻害している「古い解釈」です。このようなネガティブなマインドセットを持っているかぎり、私たちは英語学習を通じて豊かな人生を得ることもできなければ、幸せになることもできません。

私たちは、まずこの「古い解釈」を捨てなければなりません。そして私たちを豊かな人生と幸せへと導く「新しい解釈」を獲得していかなければなりません。

ではその「新しい解釈」とは、どのようなものでしょうか。それは、「私たち英語ノンネイティブは英語において間違ってもよいという”自由”と”権利”を持っている。」という解釈です。

英語で間違いを犯すことは、私たち英語ノンネイティブの運命です。運命なら運命で、いいではありませんか。どうせ変えられないのです。あきらめればよいのです。そしてそれが運命であるがゆえに、私たちは英語としての義務から解放されたのです。すなわち私たち英語ノンネイティブは、英語において間違ってもよいという自由と権利を持っているのです。この自由と権利を英語ネイティブは持っていません。私たち英語ノンネイティブだけの特権です。

もちろん間違いは、ないに越したことはありません。そのために学習を積み重ねることは、よいことです。しかし忘れてはいけないのは、それは私たちの自由意思によって行われるべきものだということです。誰かから課せられた義務や責任などではありません。

間違いを犯してもよいことを自らの特権だと理解しつつ、そのうえで間違いを減らすために学習を積み重ねていくことです。そうすることによって、私たちはみずからの運命を自由に動かしはじめることができます。

 

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成瀬塾通信No.32
ロシア/ウクライナ戦争に関するユヴァリ・ハラリへのインタビューユーチューブビデオのご紹介

 

緊急ですが、ロシアのウクライナ侵略に関するTEDによるユヴァリ・ノア・ハラリへのインタビュービデオをご紹介します。TEDによってユーチューブに3月3日にアップされたばかりのものです。聞き取りが難しいようならば英語字幕(自動生成)が使えますので、それをぜひ利用してください。

 

The War In Ukraine Could Change Everything | Yuval Noah Harari | TED

https://www.youtube.com/watch?v=yQqthbvYE8M

 

このビデオをできる限り数多くの人にみていただければと私は思います。恥かしいことですが、昨日まで私は今回のプーチンによるウクライナ侵略をどこか他人事のように眺めていました。しかしこのビデオを見たことでその考えが変わるとともに、いまの世界に対する見方が更に深まりました。

なによりも印象深いのは、このようなきわめて貴重な知識と情報を自宅でオンラインで誰にでも簡単に入手できる、という時代になったことです。このビデオも世界中の人々にみられています。こと知識や情報に関しては、国境の壁はもはや存在しません(ただし言語の壁は存在します)。

その一方で、日本のテレビや新聞などの旧メディアは、役に立たないだけではなく、さまざまなバイアスに満ちた情報を私たちに送りつけてきます。またオンラインであっても、日本語の情報については、その大半が有害無益なものです。知識情報の入手に関して私たち日本人がこのような劣悪な環境に生きているということを、私たちはしっかりと認識しておくべきです。

だからこそ、いまの私たちにはグローバル英語の習得が必要不可欠なのです。グローバル英語を身につければ、いまの日本の劣悪な環境を乗り越えて、世界とつながることができます。そしてそれは、意志さえ固めれば誰にでも可能なことです。

 

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成瀬塾通信No.29
英語学習5カ年計画のすすめ(3) 英語「を」学ぶと同時に英語「で」学ぶ

 

たとえば、皆さんがピアノのレッスンを受けるとしましょう。それは何のためでしょうか。もちろん、ピアノの演奏技術を習得するためですね。でも、それだけではないはずです。ピアノのレッスンを受けるのは、ピアノの習得を通じて音楽をもっと深く知るため、音楽をもっと楽しめるようになるため、そして人生をもっと豊かなものにするためでもあるのではないでしょうか。

同様に、私たちが英語の勉強をするというのは、もちろん英語をマスターするためなのですが、それだけではありません。英語を学びつつ、同時に、世界をもっと深く知り、仕事の能力を高め、そして人生をもっと豊かなものにしていくためでもあるのです。そして、そうでなければなりません。

英語を習得するためだけの英語の学習は、私たちの人生を豊かなものにはしてくれません。そうしたことに大切な時間と労力を費やすことは賢明な選択ではないと私は思います。英語の学習においては、英語「を」学ぶと同時に英語「で」なにかを学ぶことが必要不可欠だというのが、私の考えです。

ただ、英語「を」学ぶと同時に英語「で」なにかを学ぶというのは、実際のところ、それほど簡単なことではありません。私自身、50年近くに渡る英語学習のなかで、つねに悩んできたことです。特に20歳で英語の世界に本格的に入ってからの最初の数年間は、単なる暗記トレーニングや文法の学習に明け暮れていましたので、不安で一杯でした。当時も今も英語学習教材というのは、知的水準がきわめて低いものばかりであると同時に、英語「を」学ぶことに特化したものばかりです。それを一生懸命に暗記しつつ、こんなことをしていると自分の人生が台無しになるのではないか、などと思ったりもしました。

いま私がサイマルや成瀬塾で進めているのは、英語や翻訳「を」学ぶと同時に、英語や翻訳「で」なにかを学ぶことのできる具体的なプログラムと教材の作成です。たとえば、サイマルの本科では英日翻訳に関する1年分の教材とプログラムがすでにできています。これを利用することで、英日翻訳「を」学ぶことができると同時に、文章を書くとはどういうことか、文体の違いとは何かなどを学ぶことができ、さらに日本語の世界だけでは獲得できない様々な世界の知識や教養にも触れることができます。

そしてサイマルと成瀬塾の基礎科で今期からスタートしたプロジェクトが、ユーチューブビデオを利用したプログラム/教材の開発です。これは英語/日本語トレーニングと翻訳/通訳トレーニングのすべてをカバーする総合プログラムにすることを目標としており、今後も長く開発を進めていくプロジェクトになるでしょう。

私が半世紀近くも悩んできた英語学習での根本的な問題点が、ユーチューブその他のテクノロジーの革命的な進歩によって、いま解消できる可能性が出てきました。これは、すごいことですね!

その可能性をできるかぎり現実のものにすることが、皆さんよりも先に生まれてきた人間(先生ですね)としての、私の仕事だと思っています。

 

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成瀬塾通信No.28
英語学習「5カ年計画」のすすめ (2) 英語学習の「目的・目標」について

 

今回の通信では、英語学習の「目的・目標」についてお話をします。

英語学習の目的・目標については、それぞれの人生プランに見合った、さまざまなものが考えられます。

たとえば米国人や英国人のようになりたいと思って英語の学習をしている人は多いことでしょう。あるいはグローバルなビジネスパーソンになることを目指して英語学習をおこなっている人もいることでしょう。あるいは入試やTOEICなどの英語テストの点数をアップさせるためにどうしても英語学習をせざるを得ない人もいるかもしれません。

そのほか、翻訳や通訳を仕事にすることを目指して英語学習にはげむ人もいることでしょうし、それから私のように、グローバルな日本人になることで人間として成長したいとの考えから(グローバル)英語の学習をしている人も(少しは)いるはずです。

どの目標・目的が正解だということではありません。それぞれに自分の人生をよく考えたうえで学習の方向性を決めていけばよいのだと私は思います。また目的・目標は1つだけでなく複数のものを併せ持つことが普通です。私の場合には、人間として成長を英語学習の第1の目的・目標としながらも、翻訳や通訳を「メシの種」にすることも最初から視野に入れていました。

目標・目的が異なれば、英語の学習の内容や方法は、それぞれにまったく異なります。たとえば、米国人のようになりたい人や米国に住みたい人であれば、米国英語の発音と米国英語会話をマスターするための学習を積み重ねなければなりません。入試やTOEICなどの英語テストの点数をアップさせたいのであれば、それに最もふさわしい学習方法はいわゆるテスト勉強でしょう。

私の場合は、英語を学ぶことで日本人として人間として成長をしたいと、ずっと考えてきました。その一方、米国人のようになりたい、グローバルビジネスマンになりたい、テストで高得点をとりたい、などといった欲求はまったく生じませんでした。これは私という個性のなせる業でして、誰もがそうであるはずもありませんが、それはそれでよいと割り切りました。

そのうえで、私自身の目的・目標に見合った英語の学習を積み重ねていこうと決めました。これが正解でした。私はこれまでの人生のなかで数万時間の英語学習をおこなってきていますが、英会話や英語テストのための学習時間は、ほぼゼロです。発音については、英語の本質ですので勉強をしましたが、あくまでもグローバル英語としての発音をマスターすることが目標であり、英米人の発音を真似ようという気持ちはまったくありませんでした。

もしも私が自分自身の英語学習の目的・目標を見失って、英会話や米国英語発音の学習とトレーニングに多くの学習時間を割いていたならば、いまの私はいないでしょう。もしも世間の一般的な考え方に合わせて英米に留学などしていたら、いまの私よりもさらに中途半端な人間になっていたと思います。世間の風潮に流されず、英米には一度も行かず、ここ日本で数万時間の英語の独学を続けてきたことは、私にとっては最良の道だったと思っています。

ただ繰り返しになりますが、英語学習に対してどのような目的・目標を持つのかは、ひとりひとり異なるはずです。私には私なりの英語学習の目的・目標がありますが、それが皆さんに当てはまるわけではありません。大事なことは、皆さんが皆さん自身の英語学習の目的・目標をまずしっかりと見定めることではないでしょうか。

英語学習は、数十万時間(24時間×365日×100年=87万6,000時間)しかない人生の持ち時間のうちの数万時間を費やしておこなわれる超巨大プロジェクトです。無駄にするわけにはいきません。ここでしっかりと自分自身の学習の目的・目標を見定めることをお勧めします。

 

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成瀬塾通信No.27
英語学習「5カ年計画」のすすめ (1)

 

今回の成瀬塾通信のタイトルは、「英語学習「5カ年計画」のすすめ (1)」です。これはシリーズものであり、今回はその第1回です。では、はじめます。

なぜ、「5年」なのでしょうか。それは、英語学習のような長期巨大プロジェクトでは、少なくとも「5年」(具体的には2,500時間の学習。あとで詳しく説明します)をかけなければ、確かな成果を生み出せないからです。樹と同様に、人間もまた、成長に時間がかかります。ちまたには短期間かつ簡便に英語ができるようになるといった英語業界の宣伝文句があふれているようですが、そうしたコマーシャリズムに惑わされてはいけません。長い時間をかけて大樹となることを目指しましょう。そして私たちの100年の人生のひとつひとつの節目となるのが、「5年」だと考えてください。5年(2,500時間)の学習の後に、ある一定の成果を必ず生み出すこと、これが成瀬塾の目指すところです。

 

英語学習の「量」について――5年、2,500時間を確保する

ここで検討すべきは、その「5年」の英語学習をいかに進めるかです。まず、英語学習の「量」について考えます。

ここからは学習量について「年」でなく、「時間」で考えるようにします。なぜなら、同じ「1年」といっても、そのあいだに学習時間が数十時間だけというケースも考えられますし、数千時間の学習をおこなうケースも考えられるからです。成瀬塾のベーシックプランでは、「週に10時間」の英語学習を5年にわたって続けること基本的前提としています。

具体的に考えてみましょう。たとえば、ウィークデイに2時間ずつ英語の学習をすれば、週10時間の英語学習時間が確保できます。あるいは、ウィークエンドに集中的に学習すれば、やはり週10時間の学習時間が確保できます。

これであれば、社会人としての生活のなかに組み込める無理のないスケジュールだと私は考えます。それを1年間続けると(1年は52週ですから)500時間の学習時間が確保できます。それを5年間続けると2,500時間というわけです。

年数については短縮が可能です。たとえば、週に10時間ではなく20時間の英語学習時間が確保できれば、2,500時間に到達するには2年半で済みます。週に20時間もの学習時間を確保できるケースは、通常の社会人の場合はそれほど多くないでしょうが、例えば、私が2回目の大学生活を過ごしていた際には1日12時間以上の勉強を続けていましたので、週に80時間、年間で4,000時間ほどの学習時間が確保できていました。こうした荒業も、場合によっては可能です。

いずれにしても、もしこれだけの学習時間(2,500時間)を確保することが無理なのだとすれば、英語の習得については現時点ではあきらめたほうがいいでしょう。英語の習得は、ピアノの習得と同様に、少なくとも数千時間のトレーニング時間が必要不可欠です。片手間では成果は出ません。いつか時間の余裕ができたとき、あらためてスタートすることをお勧めします。

厳しい言葉だなあ、と思われるかもしれません。でもこれは、取り組むからには確かな成果をなんとしても手にしてもらいたいと私が考えているからです。中途半端な取り組みによって時間を無駄にすることは皆さんの人生にとって有益ではありません。私たちに与えられている限られた時間とエネルギーは限られています。それをいかに有効に使うのかは、私たちの人生設計にとっての最重要課題のひとつです。

ここまでで、今回の通信は終わります。次の通信では、「量」を確保したうえでの、英語学習の「質」について考えてみることにします。

 

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成瀬塾通信No.26
「間違った努力」から「正しい努力」へと移るためのメンタルの切り替え方について

 

前の通信No.25では「間違った努力」と「正しい努力」について書きました。今回は「間違った努力」から「正しい努力」へと移るためのメンタルの切り替え方について説明します。

まず、自分のことを書きます。若いころの私は、いわゆる「間違った努力」病にかかっていました。もちろん、自分自身ではそのことに気づいていませんでしたが。10代の私は、つねに高い目標をまず掲げて、そこに行き着くために精一杯の努力をすることがなによりも大切であると、強く信じていました。そのためにはトレーニングが必要であり、トレーニングは苦しければ苦しいほどよいものだとも思い込んでいました。そしてその目標に届かなければ、努力はすべて無駄になるとも考えていました。

けれども現実的には、自分が掲げた非常に高い目標になど、簡単に手が届くはずがありませんね。その結果、自分はダメなやつだという感情が生まれて、だからもっと頑張らなければならないという意識が更に強くなりました。これこそが「間違った努力」病の典型的な症状なのだとわかったのは、ずいぶんと後になってからのことです。

自分自身、こうした自分の考え方はどこかおかしいのではないか、このままでは人生がダメになるのではないかと感じてはいましたが、メディアや世間の人々から得られる一般情報は、こうした「間違った努力」を礼賛するものばかりですから、「間違った努力」病を抱えたままで大学を卒業して、就職をしました。私の場合には幸運なことに、そのあとからは「間違った努力」病を治癒する道へと進むことができて、少しずつですが病気から抜け出すことができています。ただ、いまでもトレーニングは苦しければ苦しいほどよいというメンタリティが残っており、油断をするとすぐにオーバートレーニングになります。また、少しでも暇になると非常に不安になって、なにか「努力」をしたくなります。まったく恐ろしいことです。

サイマルや成瀬塾の受講生の多くの方が、多かれ少なかれ、私と同じく「間違った努力」病にかかっているのでないかと私は見ています。とすれば、皆さんもまた私と同じく、この病気と闘い、克服していかなければなりません。「間違った努力」から「正しい努力」へとメンタルを切り替えなければなりません。

ではどのようにしてメンタルを切り替えるのかですが、私の場合には、この数十年間にわたって「登山」のメタファーを用いることでメンタルの切り替えをしてきていますので、それをご紹介します。

私の場合、「翻訳と英語教育の世界にパラダイムシフトを起こす革命的な理論・メソッドを完成させてそれを広く世の中にいきわたらせる」ということが人生という名の登山の目標です。ただ、この山はまだ誰も登ったことのない高い高い山でして、頂上に到達することを目指してはいますが、それが本当に実現できるのかどうかは私自身、まったく自信がありません。実際のところ、自分が立てた目標が達成できない可能性は非常に高いだろうなあ、とも思っています。

でも、いまの私は不安ではありません。というのは、たしかに目標として頂上を極めるということを設定していますが、それ以上に、いまの私は、山を登ることそのものが楽しいのです!一歩ずつ進んでいくことで、少しずつですが高度が上がり、視界が開けてきます。見える景色が変わっていきます。足元にある草花たちや空に浮かんでいる雲たちも、さまざまに姿を変えて見せてくれます。そうしたことの全てが、私に大きな「喜び」を与えてくれます。頂上を極めることではなく、山を登ることそれ自体が、私を幸せにしてくれているのです。これこそが「正しい努力」なのだと、私にはわかりました。やっと、わかりました!

ということで、皆さんへのアドバイスですが、皆さんもまた皆さん自身としての山登りの道を選ばれてはいかがでしょうか。もちろん頂上を目指すことは登山の目標の設定しておけばよいのですが、それよりもなによりもいちばん大切なことは、その山を登ることそのものが皆さんにとって本当に楽しいかどうか、本物の喜びを与えてくれるか、です。もし「楽しい!」と思えるならば、それはあなたに合った登山です。その山登りを続けるべきです。たとえ、頂上に到達することが非常に難しくとも、です。いっぽう、山を登っていてあまり楽しくないなあ、と思うのなら、その登山はあなたに合っていません。ですから、登山をやめるべきです。たとえ、頂上には到達できそうだと思っても、です。なぜなら、それは「間違った努力」をあなたに強いることになるからです。その登山は、あなたに「喜び」を与えてくれません。せっかくの人生を豊かなものにしてくれません。勇気をもって、山を登ることをやめましょう。そして、登ることが楽しいと感じる、あなたに合った別の山を探しましょう。それこそが「正しい努力」の第一歩なのだと、私は思います。

 

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成瀬塾通信No.25
日本語思考のテンプレート、英語思考のテンプレートについて

 

先週からスタートした成瀬塾・サイマルの基礎科の「日英サイトラ」課題ですが、受講生の皆さん、まさに大苦戦!です。

「日英サイトラ」(Sight translation from Japanese to English)とは、紙面やモニター上の日本語を目でみて、それを口頭でパッパッと英語で表現をしていく、というトレーニングです。通訳のトレーニング方法として一般的なものですが。翻訳を中心に学習をされてきた多くの方にとって、この「日英サイトラ」トレーニングは初めての経験ではないかと思います。

それも、あってでしょう。受講生の多くの方から、「うまくいかない」「とてもたいへんだ」というご連絡をいただいています。ある方は、トレーニングの理屈はわかったものの、頭と体がとてもついていかない、とコメントをされました。また、ある方は、まったく反射的に英語が口から出てこず、スピードとリズムに乗れない、と述べられています。さらには、これは精神的にかなりつらい、とのコメントもありました。

日英サイトラの最大のポイントは、日本語思考のテンプレートから英語思考のテンプレートへジャンプするという、「離れ技」の部分です。

私たち「日本語」人は通常、日本語思考のテンプレートで、ものを考えています。もちろん、無意識に、ですが。そして日本語思考のテンプレートの代表が、「AはBだ」という組み立て(構文)です。これは「トピック・コメント構造」(題述構造)と呼ばれています。

いっぽう「英語」人は、英語思考のテンプレートで、ものを考えています。もちろん、無意識に、です。そして英語思考のテンプレートの代表が、”Subject-Predicate“です。これは「サブジェクト・プレディケイト構造」(主述構造)と呼ばれています。

問題は、この日本語思考の「トピック・コメント構造」と英語思考の「サブジェクト・プレディケイト構造」とは、その根本が違うということです。ですから、単純に置き換えるというわけにはいきません。ゆえに「ジャンプ」(離れ技)が必要、というわけです。

ではどのようにジャンプをするのかの具体的なテクニックですが、最大のポイントは、ジャンプしたあとの英語思考での表現の「受け皿」つまり「テンプレート」のほうを、まずしっかりと最初から決めておくことです。

その英語表現テンプレートとして基本のかたちは、Subject-Predicate(SP)、Subject-Predicate-Modifier(SPM)のかたちです。つまり、たとえどんな日本語思考・日本語表現がやってこようとも、それらをいちど頭のなかで溶かして処理して、最初に用意しておいたSP/SPMという英語表現テンプレートのなかに落とし込んでいくのです。

翻訳・通訳という営みを比喩的にいえば、イモムシ(日本語思考・表現)が、サナギ(私たちの頭と心)の中でいちど融けてから、蝶々(英語思考・表現)へと変態する、というプロセスなのですが、その際に、最初から蝶々としてのかたちを決めておいてやる、ということです。

この、最初にSP/SPMという英語テンプレートを用意して、そのなかに日本語思考・表現を落とし込んでやる、という作業を無意識レベルにまで高めていく、というのが、今回の基礎科のトレーニングの最終目標なんです。

だがしかし、それはあくまでも最終目標であって、最初からそんな「離れ技」が簡単にできるはずが、ありませんね。ですから、まずはゆっくりと、できる範囲でやってみることです。なにしろ「離れ技」ですから、失敗して落ちると、とても痛いです。できるかぎり痛い思いは、避けましょう。コーチである私といっしょに、ゆっくりと技を磨いていきましょう。

 

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成瀬塾通信No.24
「間違った努力」と「正しい努力」について

 

成瀬塾とサイマル・アカデミーで2021年10月期がスタートしました。第1週目が終わり、いよいよ旅のはじまりです。

第1回のクラスでは、何人かの受講生の方が自己紹介で同じコメントをされたのが心に残りました。英語の力を仕事に活かそうと思ってTOEICで900点をとることを目指したのだが、実際にそれを達成しても仕事につながらなかったし、そのうえ今回のクラスの事前課題でたくさんの基本的なミスを指摘されて本当にがっかりしている、というものです。じつは以前からこうしたコメントを数多く聞いてきています。ある方は、TOEICで高得点をとることはゲームで高得点をとることと一緒であってそれ以上でもそれ以下でもない、とコメントをされました。

それにしても、せっかく一生懸命に努力をして目標を達成したのにそれが役に立たないというのは、せつないですね。脳科学者の中野信子さんが、「間違った努力」は人間をスポイルする、と述べていますが、本当にそう思います。もちろん努力をすることは必要ですが、それは「正しい努力」でなければなりません。

私が学習トレーニングプログラムを考える際に最も重視しているのは適切な目標の設定です。たとえばサイマルの翻訳者養成コースの本科・プロ科での目標は、プロ翻訳者となってその後も長くプロ翻訳者としてのキャリアを積み重ねていける総合的な能力を身につけてもらうことです。たんに「よい翻訳ができるようになること」が目標なのではありません。

サイマルと成瀬塾の基礎科の目標は「英語の世界と日本語の世界を自在に往来できる基礎的な能力を身につけること」です。言い換えると「基礎的な翻訳力成瀬塾通信No.23 2021年10月期と新プログラムについて通訳力を身につけること」です。基礎的と書きましたが、この「基礎」こそが最も重要であり、これがしっかりと身につくと実際の仕事につながります。

そしてそのための理論基盤として「こころ」モデルがあり、学習ツールとしてユーチューブビデオやワードのディクテーション機能があります。これらを利用しながら、正しいアウトプットをできるかぎりたくさん行うことで「英語の世界と日本語の世界を自在に往来できる基礎能力」を獲得いこうというのが、基礎科の目標です。

サイマル・成瀬塾での努力は「正しい努力」です。どうか安心してトレーニングをおこなってください。

 

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成瀬塾通信No.23
2021年10月期と新プログラムについて

 

成瀬塾とサイマル・アカデミーでいよいよ2021年10月期がスタートします。今期私が受け持つ講座の数は成瀬塾が1つ、サイマル・アカデミーが3つです。前期と同じですが、9月から翻訳ビジネスのほうで新たなレギュラージョブが1本加わっていますので、個人のスケジュールとしてはさらに過密なものになりました。健康に十分に注意をしながら乗り切っていきたいと思います。

今期は成瀬塾とサイマル・アカデミーの基礎科において、まったく新しい学習プログラムを用意しました。おもにユーチューブビデオを用いての英語アウトプットの総合的なトレーニングプログラムです。「総合的」というのはどういうことかというと、発音、リスニング、スピーキング、ライティング、翻訳、通訳のトレーニングのすべてを行うということです。内容についてはビデオ等を厳選することで、真に学ぶに値するものだけをピックアップしました。くわえて、さまざまな新しいトレーニング手法を取り入れることで最大限のトレーニング効果を得られるように工夫をしました。

今回の新プログラムは、私が長年にわたって構想として抱いてきたものです。これまでは多くの技術的障害があって実現に至りませんでしたが、ユーチューブをはじめとするテクノロジーの革命的進歩によって、それが現実のものとしてついに動き始めたというわけです。私としてはとても感慨深いものがあります。

今回の新プログラムは、英語教育におけるパラダイムシフトであり、ゲームチェンジャーです。日本だけではなく将来的には世界でのグローバル英語教育のベースメントとなるべきものです。その一歩を踏み出せたことで、私はいま心が勇み立っています。武者震いといったところです。

長い長い闘いですから、これからいろいろなことが起きるでしょう。しかし、あまり一喜一憂せずに粛々と進むべき道を進んでいきたいと思っています。皆さん、いっしょに頑張りましょう。

 

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成瀬塾通信No.22 
連絡、ビデオ紹介、よもやま話

 

今回の成瀬塾通信の内容は、10月期に関する連絡事項、ビジネス英語学習関連のユーチューブビデオ紹介、それから、私のよもやま話です。

まず、成瀬塾の2021年10月期に関する連絡事項です。

土曜の「こころの日英翻訳 基礎クラス(TED)」については、申込み人数が5人となりましたので開講とします。なお、申し込まれた方には別途ご連絡をいたします。

金曜の「こころの日英翻訳 中上級クラス(こんまり・日本)」については、申し込み人数が足らないことから、まことに残念ですが開講を見送ります。申し込まれた方には、改めてご連絡をします。「こんまり」クラスが開講できなかったのは残念ですが、なにしろ良い教材なので、来期も開講に向けてチャレンジします。もし皆さんのなかで受講生集めに関する良いアイデアがあればぜひお教えください。

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つぎにビジネス英語学習関連のユーチューブビデオの紹介です。

サイマル・アカデミーにくる方のほとんどが翻訳・通訳を仕事にしたいと思っておられるはずです。しかしフリーランスのプロ翻訳者・通訳者になることは簡単ではありません(成瀬塾サイトの「エッセイ:人は一生成長する」を読んでみてください)。

では翻訳・通訳関連の仕事をあきらめるべきかというと、そうではなく別のルートがいくつも考えられます(人生、いつでもどこでも抜け道あり)。そのひとつが、派遣などを通じて企業内で翻訳者・通訳者として仕事をすることです。

その際に必要となるのがビジネス関連の専門的な翻訳・通訳スキルです。ゆえにこのスキルを身につけるトレーニングをする必要があります。もちろん「こころの日英翻訳 基礎クラス(TED)」コースこそその基礎を固めるうえにおいても最適のトレーニングです。ビジネスも含めてどんな分野であっても翻訳・通訳の基礎はすべて同じだからです。

ですが、その基礎のうえに更に積み重ねるトレーニングとして直接的にビジネスに関連する教材を使うこともまたとても有効です。そこで今回は皆さんにビジネス関連のユーチューブビデオの実例を以下にご紹介します。ここで取り上げる企業はネスレ、ユニリーバ、シェル、ホンダ、ソニーです。いずれもグローバルカンパニーであり、グローバル英語による情報発信の面で優れていることでも有名です。なお一部ではユーチューブビデオ以外にそのビデオのプレゼンテーション原稿などのアドレスも載せておきました。

学習方法としては「こんまり」「TED」と同じ方法が使えます。なおTEDクラスでは翻訳のトレーニング方法だけでなく通訳のトレーニング方法もご紹介する予定です。

 

 

最後に、私のよもやま話です。

10月期のTEDクラスでも取り上げる予定の『ファクトフルネス』(ハンス・ロスリング、他)の原著”Factfulness”を仕事のあいまに3日ほどかけて読み終えました。感想を一言でいえば10年に1冊の本に出合ったという感じです。「こんまり」と同様にこれは絶対に成瀬塾でコース化をしなければならん!と強く思いました。英語レベル的には「こんまり」コースが中上級コースにピッタリだとすると、この「ファクトフルネス」コースは基礎コースにまさにピッタリです。準備を整えて2022年4月期にはぜひ成瀬塾の新コースとして立ち上げたいと思っています。

また日本語の訳書を読んだあとに原著を読むと「複層的」な理解が生じるということを今回あらためて実感しました。日本語での理解と英語での理解は「同じで違う」ものです。そしてその理解の複層化が自分の「幅」を広げてくれるという確かな手触りがあります。こうした感覚・手触りをぜひ多くの人に届けたいとも強く思いました。

“Factfulness”の原著を読み終えてから気づいたもうひとつのことは、“Factfulness”を私がなぜこれほどまで気に入ってしまったのかという、その理由です。

それはこの本の根底に世界と人生に対する”Joy”の精神があることです。世界はそんなに悪いところではない、せっかく生まれてきたのだから人生は楽しむべきものだ、というのがロスリングの根底的なメッセージです。そうした世界への向き合い方、人生への向き合い方に私は強く惹かれているのだと思います。

私は子どもの頃から精神的に非常に不安定でして、いまであれば鬱病と診断されてもおかしくない状態に何度も陥ってきています。そうした危機をなんとか切り抜けてはきましたが、その代わりにずいぶんと数多くの人を深く傷つけてきました。それを思うとまた精神的に不安定になるのですが、そうした悪循環を断つものが、この世界と人生に対する”Joy”の精神ではないかと、このごろ思えるようになりました。まあ、そんな話です。

 

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成瀬塾通信No.21 
日本語と英語の「表現の型」を理解し、増やそう

 

通常の英語レッスンでは、先生が「〇〇という英語表現は✕✕という意味です」といった教え方をするのが一般的です。これは「言葉には意味がある」という考え方をベースとしています。

いっぽう成瀬塾での解説の仕方は「〇〇という意味には✕✕といった日本語/英語表現が対応します」というものです。「”言葉”には”意味”がある」と考えるのではなく「”意味”には“言葉”がある」と考えるのです。従来の考え方や教え方が(言葉を世界の中心とする)「天動説」だとすれば、成瀬塾の心モデルでの考え方や教え方は(心を世界の中心とする)「地動説」だといえます。

「意味」の単位である「思考のまとまり」(命題)は、さまざまな言葉のかたちで表現できます。たとえば、あなたが果物のなかでイチゴとメロンが好きであるとしましょう。その場合、日本語であれば、

1. 好きな果物はイチゴとメロンです。

2. 果物ではイチゴとメロンが好きだ。

3. 果物で好きなのはイチゴとメロンです。

といったかたちで表現が可能です。

英語であれば、

1. As for fruit, I like strawberries and melon.

2. My favorite fruits are strawberries and melon.

3. Speaking of fruit, what I am very fond of are strawberries and melon.

などの表現が考えられます。

これらの日英の言語表現は、言語表現としては異なっていても、すべて同一の「思考のまとまり」(命題)(「自分が果物のなかでイチゴとメロンが好きであること」)を表しています。

同様に、あなたがお酒ではワインが一番好きだとしましょう。その場合、日本語であれば、

1. 一番好きなお酒はワインです。

2. お酒のなかではワインが一番好きだ。

3. お酒のなかで一番好きなのはワインです。

などのパターンで表現ができます。

英語では

1. As for alcoholic drink, I like wine the best.

2. My most favorite alcoholic drink is wine.

3. Among alcoholic drinks, what I like the most is wine.

などの表現が考えられます。

そしてここからは「自分が〇〇のなかで✕✕が好きであること」という「思考のまとまり」(命題)を表現するうえで日本語では

1. 「好きな〇〇は✕✕」

2. 「〇〇では✕✕が好き」

3. 「〇〇で好きなのは✕✕」

といういくつかの表現パターンが使えることがわかります。

英語では

1. As for OO, I like XX.

2. My favorite OO is XX.

3. What I like among OO is XX.

というパターンが使えることがわかります。

これらが日本語と英語での「表現の型」です。私たちは、こうしたさまざまな「表現の型」を用いて、ひとつの「思考のまとまり」(命題)をさまざまなかたちで表現しているのです。

 

「好きな〇〇は✕✕」「〇〇では✕✕が好き」「〇〇で好きなのは✕✕」他

「自分が〇〇のなかで✕✕が好きであること」(思考のまとまり、命題)

As for OO, I like XX. / My favorite OO is XX. / What I like among OO is XX. / etc.

 

大事なことは、対応関係があるのはあくまでも「思考のまとまり」(命題)と複数の言語表現のあいだであって、それ以上ではないということです。

言い換えると、

“My favorite OO is XX.”

に対して

「好きな〇〇は✕✕です。」

「〇〇では✕✕が好きです。」

「〇〇で好きなのは✕✕です。」

と訳すことのあいだに差がないということです。どれが正解ということではありません。

ここに挙げたのは非常にシンプルな「表現の型」の例ですが、日本語にも英語にも非常に数多くの「表現の型」があります。その数は、基本的なものだけで数十あり、応用を加えると数百あると考えられます。

そうした多種多様な表現の型を私たちは頭のなかに格納しています。そしてなにかの思考のまとまりを表現しようとするときには、頭のなかに格納されている表現の型から最も適切と思うものをピックアップして表現を組み立てています。ただし、そうした頭のなかの作業は無意識下で行われていますので、自分ではそんなことをしていると気づきません。

私たち英語・翻訳学習者にとって重要なのは、自分がどのような「表現の型」を用いて日本語と英語を表現しているのかを、まず客観的に把握することです。そのうえで、みずからが利用できる日本語と英語の「表現の型」を着実に増やしていくことです。

そのために、まず「表現の型」に関する十分な知識を学びましょう。そのうえで適切なトレーニングを積み重ねましょう。成瀬塾では、皆さんがこうした正しい学習プロセスを辿れるようにサポートをしていきます。

 

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成瀬塾通信No.20 
基礎科クラス教材として成瀬が選んだ「TED」ビデオ他をご紹介します

 

成瀬塾では2021年10月期に、これまでの「コンマリ」クラスに加えて、新たに「TED」クラスを開講する予定です。その教材として私は100本以上のTEDその他のビデオをユーチューブで視聴し、最終的に以下の6本のビデオを教材として選び出しました。いずれも非常に内容が面白くかつ有益であり、英語レベルについても基礎科にふさわしいものだと考えています。ぜひいちど視聴してみてください。また視聴後に感想やコメントなどをいただけると更に嬉しいです。

01 TED-1: The secrets of learning a new language

https://www.youtube.com/watch?v=o_XVt5rdpFY

7か国語が使えるポリグロットであるLýdia Machováさんが、ポリグロットたちの勉強方法などを語ってくれます。きれいなグローバル英語です。再生回数は約620万回、世界中の外国語学習者たちによる7300のコメントがついており、これも興味深いです。

 

02 TED-2: How language shapes the way we think

https://www.youtube.com/watch?v=RKK7wGAYP6k

カリフォルニア大学サンディエゴ校の教授で認知科学の学者であるLera Boroditskyさんが、言葉と心の関係を語ってくれます。きれいなアメリカ標準英語です。再生回数は746万回、5000件近いコメントがついています。

 

03 TED-3: 世界について無知にならないために
https://www.youtube.com/watch?v=Sm5xF-UYgdg

大ベストセラー『ファクトフルネス』の著者、ハンス&オーラ・ロスリングのプレゼンテーションです。ハンス・ロスリングの英語はスウェーデンなまりが非常に強いグローバル英語ですが、とても魅力的です。『ファクトフルネス』を読む前に、このビデオを見ることをお勧めします。再生回数は260万回、1800件のコメントがついています。

 

04 TED-4: How to be ready for your future, now future, now

https://www.youtube.com/watch?v=VbZ3eKbFi3g

大ベストセラー『ワークシフト』『ライフシフト』の著者、Lynda Grattonのプレゼンテーションです。いわゆるキングズ・イングリッシュです。再生回数は6万回、5件のコメントがついています。

 

05 TED-5: ワクチンが働くしくみ

https://www.youtube.com/watch?v=rb7TVW77ZCs

Ted-Edのアニメビデオです。ワクチンの仕組みをわかりやすく解説してくれています。まさにタイムリーな内容です。再生回数は230万回、4400件のコメントがついています。

 

06 Japan: 外国人が日本で安全に過ごすために!日本の法律について弁護士に質問してみた

https://www.youtube.com/watch?v=r1ZLGqL1FMo

これはTEDビデオではなく、Paoloさんというフィリピン系のアメリカ人による日本紹介ビデオシリーズのひとつであり、Yugo Ishibashiさんという弁護士さんへのインタビューです。内容は日本の司法制度、警察制度に関するものであり、外国人だけではなく私たち日本人も知っておくべきものです。Ishibashiさんの英語はアメリカ英語です。おそらく長くアメリカにいらした方ではないかと思われます。再生回数は510万回、17,000件以上のコメントがついています。基礎科よりも少しレベルが上ですが、基礎科で学ぶにふさわしい内容のものとしてピックアップしました。

 

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成瀬塾通信No.19 
「第二言語としてのグローバル英語」の基準を確立する

 

今回は「第二言語としてのグローバル英語」の基準を確立するという私の野望(ambition)について述べてみたいと思います。

いま私たちは、ほぼすべてのグローバルコミュニケーションを「英語」を用いておこなっています。旅行でも学問でもビジネスでも世界の共通語は「第二言語としてのグローバル英語」です。この事実を否定することはできません。問題は、世界の共通語であるグローバル英語の規準を決めているのが、「ネイティブ英語」の使い手たちであるということです。

現在の世界の人口は78億5000万人。そのうちネイティブ英語の使い手は4億人ほど。4割る78.5は約0.05。つまり、現在の世界では5%の「ネイティブ英語」の使い手が、残りの95%の「第二言語としてのグローバル英語」の使い手のグローバルコミュニケーションの規準を決めているのです。これは誰がどう考えてもおかしなことです。おかしなことは変えなければなりません。

ではそのために何をするべきでしょうか。それは95%のグローバル英語の使い手がみずからの手でグローバル英語の規準を決めることです。わたしが英語を本気で学ぼうと決意したのは20歳のときでしたが、そのときからずっとこの野望を持ち続けています。

成瀬塾はその実践の場です。成瀬塾では「こころの翻訳」モデルを用いて日本語の世界とグローバル英語の世界をつないでいきます。モデルのプロセスの最後のほうに「グローバル英語ファイナル」という工程がありますが、これが私の考えたグローバル英語の規準設定です。ここまで到達ができればグローバル英語の使い手として十分だということです。英語ネイティブとしてはいろいろと言いたいことがあるでしょうが、それは関係がありません。

そしてその後、「ネイティブ英語」の習得にまで進んでいきたい場合には、次の「ネイティブ英語との比較分析」という工程に進みます。実際のところ、社会ではネイティブ英語による支配がいまも続いていますので、ネイティブ英語をマスターすることには実利面で大きな利益があります。たとえば日英翻訳でお金を稼ごうとするならば、このことは避けることのできない現実です。

ただ、もとの話に戻りますが、私の野望はあくまでもグローバル英語における規準の確立です。成瀬塾では、英語の「グローバル規準」について折にふれて具体的なかたちでご紹介をしていきたいと思っています。

 

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成瀬塾通信No.18 
いくつかの連絡事項と、第2期に用意した2つのクラスに関する説明

 

次の金曜(8/27)で成瀬塾の第1期が終了します。あっというまに過ぎてしまった、という感じです。皆さんはいかがでしょうか。今回の通信では、いくつかの連絡事項と、第2期に用意した2つのクラスについて少し説明します。

まず、連絡事項です。

最後のクラスですが、いつも通りに進めます。が、今後の学習の進め方についても一緒に考えていきたいと思います。

このあと、この「コンマリ」クラスを継続するという選択肢もありますが、そのほかに、サイマルのクラスに戻る、土曜の新しいクラスへの参加を検討してみる、という選択肢もあります。あるいは、ほかの選択肢もあることでしょう。そのへんについて、私にアドバイスができることがあればよいなあと思っています。

今後の学習の方向性を考える際に皆さんの視野に入っているのは、キャリアとのつながりでしょう。これについても、私から何かアドバイスができるようであればよいなあと思っています。

最近気になっているのは、この人生100年時代になっても、若者を含む多くの日本人が旧来の「常識」に非常に強く縛られているということです。紺色のリクルートスーツを着て集団で動いている大学生をいまだに街中で見かけますが、新卒で会社に入って定年までずっと居続けるといったキャリアプランがすでに完全崩壊していることは明らかなのに、私が学生だった半世紀近く前と同じ行動をいまの多くの学生がとっているということには、非常に違和感を覚えます。

同様に、たとえば私が「翻訳者」になったときの「翻訳者」と、いまの「翻訳者」とは別物といってもよいと思います。仕事のあり方だけではなく、さまざまな点が抜本的に変わっています。悪い方向に変わった点もありますが、良い方向に変わった点もあります。皆さんが今後のキャリアをお考えになるときには、こうした社会全般の抜本的変化に関する情報をきちんと得て、深く理解、そして適切に判断することが大切なのではないでしょうか。正確な知識と適切な判断は、長い人生を支える大きな武器であると思います。それを少しでもサポートできればと願っています。ですから最後のクラスでは、なにか気になることがあれば、なんでもお尋ねください。またクラスが終わったあとでもそうした相談にのりますので、メールでお気軽にご連絡をください。

つぎに、第2期(10月~2月)のクラスについてです。

まず、金曜「コンマリ」クラスですが、これは今期とほぼ同じやり方で行います。ただし「コンマリ」テキストの後半だけでは18回分はカバーできないように思われますので、もうひとつかふたつ、別の教材を使おうかと考えています。ただしその際も、やり方は変えない予定です。

つぎに、新しい土曜「TED-Ed/Talks」クラスですが、なぜTEDを選んだのかというと、1)レベルとして基礎科にふさわしいこと、2)内容そのものに大きな価値があるということ、3)読む/書くだけでなく聞く/話すのレッスンにも応用できること、4)膨大な量のビデオがあるので半期だけでなく継続的に続けられること、5)トランスクリプトがしっかりしていて(30数か国語に対応)将来的には日本人以外のレッスンにも利用可能なこと、の5点です。

最初に用いようと思っているTED-Talksのビデオには、たとえば、次のようなものがあります。

 

「フリーランスで成功するには」

https://www.ted.com/talks/paco_de_leon_the_secret_to_being_a_successful_freelancer?language=ja

「An engineer‘s vision for tiny forests」

https://www.ted.com/talks/shubhendu_sharma_an_engineer_s_vision_for_tiny_forests_everywhere

 

クラスでは、これらのビデオを直接に見るのではなく、その日本語マニュスクリプトテキストを当方で用意しますので、それを英語ライティングとして表現していきます。そのなかで、「こころの英文法」「こころの日本語文法」「こころの翻訳」の基礎を習得していきます。

日本人(および世界の人々)の第二言語としてのグローバル英語の理念・理論から学習メソッド・評価にいたるまでのすべてを開発し、それを実践していくということは、私が20代のはじめの頃から掲げてきた目標であり、わたしのライフワークです。いまそれが実現への一歩を踏み出したところだと自己判断しています。50年近くの山登りの結果、ようやく山脈の稜線(山の峰から峰へ続く線)に出られたのかなと感じています。

 

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成瀬塾通信No.17 
「こころの翻訳 ワークシート」解説シリーズ(3)工程3:日本語の原子命題を英語の原子命題センテンス(SP)で表現する(1)

 

添付ファイル(「こころの翻訳 ワークシート」解説シリーズ(3)工程3:日本語の原子命題を英語の原子命題センテンス(SP)で表現する(1) 2021.08.10)よろしくご査収ください。

 

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成瀬塾通信No.16 
「絶望は愚か者の結論である」というが……

 

いま私は、かなり絶望している。自分がやろうとしてきたことに、これからやろうとしていることに、ひょっとすると意味はないのかもしれない、という思いが、頭から離れない。「絶望は愚か者の結論である」ことは重々承知しているが、それでも、そうした思いから完全に抜け出すことができていない。

原因は、新型コロナウィルスへの対応を通じて明白となった、日本社会と日本人の「反理性」的な特性である。

子どものときから私は、日本がなぜ米国と戦争をしたのかが、どうにも不思議でならなかった。当時の日本と米国のあいだに圧倒的な国力の差があり、戦争をすればほぼ間違いなく負けることなど、少しばかり知性を働かせるだけで確実に理解できたはずである。そしてそうした理解ができた日本人は、当時も数多くいたはずである。それなのに、なぜ日本が太平洋戦争の道を選んだのかが、私にはずっと理解できなかった。日本人は理解不能で気持ちが悪い、と思った。

だが、今回のパンデミックへの対応によって、自分のなかでその謎が解けた。すなわち、日本社会と日本人は「非」理性的なのではなく、「反」理性的なのである。

ある社会や人間が「非」理性的なのであれば、その社会や人間に理性を付け足せばよい。国語教師であった大村はまはそう考えて、戦後の日本社会と日本人をより理性的にする基盤としての日本語教育改革に一生をささげた。

私の場合には、日本人が英語の認識・思考・表現を身につけることで「複眼の思考」ができるようになり、それが日本人をもっと理性的な人間にするとの考えから、英語教育の研究と改革を進めてきた。

だが、今回のパンデミックに対するマスコミ、政府、医学界などの対応から見えた光景は、「非」理性的なのではなく、まさに「反」理性的なものである。

現時点において、新型コロナウィルスのリスクがインフルエンザのリスクと同等またはそれ以下であることは、いくつかの公開データを観察するだけで一目瞭然である。その一方で、移動制限や経済活動制限を厳しくすればするほど、高齢者の体力/精神力が低下してそれに伴う要介護ニーズが拡大し、うつ病やアルコール中毒が増え、経済活動が悪化してそれに伴う経済破綻や自殺などの不幸が拡大する、といったことも、少しでも考えれば、誰にも予想がつくはずだ。

にもかかわらず、この状況になっても移動制限や経済活動制限を更に厳しくしようとする動きが、どうしても止まらない。日本社会のリーダーたちが、こぞってその方向に向けて旗振りをしているのである。これは、太平洋戦争に突入していったときの日本社会のすがたと、深刻度の差はあれど、まさに同じ構図といってよい。

ようするに、日本社会は、日本人は、この70数年で何も変わってはいないのだ。大村はまが一生をかけて取り組んだ「自分の頭で理性的にしっかりと考える人間を育てる」という悲願は、それから70年以上がたっても何も成就されていないのである。

とすれば、「日本語と英語の2つの世界を往来できる力の身につけることで従来の日本人を超える日本人になる」という私の取り組みにはたしてどれだけの意味があるのだろうか、などと、ついつい考えてしまうのである。

まあ、そんなに肩に力を入れず、日本社会がどうの日本人がどうのなどとあまり深刻に考えず、自分と自分のまわりの幸せのことだけを考えて楽しく暮らしていけばよいのではないか、といった声も、どこかから聞こえてくる。そして、それもまたひとつの生き方なのかもしれないなあ、などと、生まれてはじめて、思ったりしてしまうのである。

 

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成瀬塾通信No.15 
「リクツ」でなく、実際の「ワーク」を通じて理解してもらう!

 

先日の課題で、小野さんがBe careful of folding thick tights that will be too thick to organize in your drawer.というセンテンスをつくってきたので、「構文に問題あり」というコメントを付けたところ、小野さんのほうから「構文に問題あり→文法上問題あり?」という問い合わせがきました。

このセンテンスは、「学校英文法」上でいえば(一部をのぞいて)大きな問題はありません。けれども、私のいうところの「構文」(「心の英文法」といってもいいです)上では、かなり大きな問題があります。

では、その問題をどのように説明すればよいのかですが、そうした説明をするのは簡単ではありません。

というのも、あまりにもリクツっぽくなるのです。そうなると、話すほうだけでなく、聞いているほうもタイヘンです。またいくら説明をしたところで、十分にわかってもらえないかもしれません(実際のところ、そうです)。

この点が、これまでずっと、教師としての私の大きな悩みの種でした。研究者としては問題はとっくに解決しているのですが、教師としてはまだまだ問題が解決していない、のです。

今回もまた同じ壁にぶつかって苦しんでいたのですが、いろいろと考えているうちに(布団の中で)ふとひらめきました。そうか!「リクツ」で説明しようとするのではなく、実際の「ワーク」(作業)を通してわかってもらえばよい!と。(で、いま布団から出てこれを書いています)

具体的にいえば、「心の翻訳 ワークシート」の工程4(英語の分子命題のSPMセンテンスへの統合化)から、工程3(日本語の原子命題を英語の原子命題センテンス(SP)で表現)へと「逆ワーク」をするのです。やってみましょう。

まず、Be careful of folding thick tights that will be too thick to organize in your drawer.をSPMC分析します。すると、こうなります。

 

Be careful

of folding thick tights

that will be too thick

to organize in your drawer

 

このセンテンスは原子命題を4つ含んだ分子命題センテンスです。次に、これらを原子命題センテンスで表現します。すると、こうなります。

 

  1. (You must) be careful.

  2. You fold thick tights.

  3. They will be too thick.

  4. They cannot organize in your drawer.

 

あれ?なんか、へんですね。たとえば3にwillが使われていますが、これはThey are too thick.でよいです。問題は4です。They organizeとorganizeを自動詞用法で使うと「労働組合を結成する」という意味しかありません。靴下に組合を結成されては困るので、ここはThey cannot be well organized in your drawer.またはYou cannot organize them well in your drawer.にしましょう。すると、こうなります。

 

  1. (You must) be careful.

  2. You fold thick tights.

  3. They are too thick.

  4. They cannot be well organized in your drawer. / You cannot organize them well in your drawer.

 

で、これにさらに工夫をして各種のコネクターとモダリティ要素をくっつけて原子命題文同士をつなげると、たとえば、次のセンテンスのようになります。

 

You must be careful when you fold thick tights as they may be so thick that you may not be able to organize them well in your drawer.

 

で、ちょっとだけ、文体を工夫すると次になります。

 

Be careful when you fold thick tights; they may be too thick to be organized well in your drawer.

(原文 Be careful of folding thick tights that will be too thick to organize in your drawer.)

 

こんなふうにSPMC分析およびワークシートを用いて、「逆工程(工程4→工程3)ワーク」をすることで、いろいろなことが見えてきます。

たとば、もしどこかの工程がうまく処理できない(たとえばSPMC分析ができない、統合化ができない、他)のであれば、そここそ、あなたの英語ライティング力の穴であり、重要な学習ポイントです!

いかがだったでしょうか。今回は、私も教師としてずいぶんと勉強になりました。「リクツ」でなく実際の「ワーク」を通じて理解してもらう、というアプローチは、使えます!これから、いろいろな場面でもっともっと活用していきたいと思います。

 

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成瀬塾通信No.14 
「こころの翻訳 ワークシート」解説シリーズ(2)工程2:日本語文を原子命題に分割

 

「こころの翻訳 ワークシート」解説シリーズ(2)工程2:「日本語文を原子命題に分割」のPDFを添付しました。これは今日のクラスでの解説テーマのひとつでもあります。参考にしてください。

 

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成瀬塾通信No.13 
「こころの翻訳 ワークシート(日英)」が目指すもの

 

「こころの翻訳 ワークシート(日英)」は、私がこれまで積み重ねてきた日本語・英語・翻訳に関する研究の成果をすべて盛り込んだものです。その最大の特徴は、6つの作業工程が明確に定められていること、それぞれの工程に具体的な作業目標が設定されていることです。

例えば、第1工程の「モダリティの処理」では、日本語原文の三層構造のうちの「対人的モダリティ」と「対事的モダリティ」の2層を取り除いて「命題」の層のみを残すという処理をします。これは、モダリティ層における日英での認識・思考・表現のあり方の違いがあまりにも大きいことから、分析的な翻訳が不可能だと判断をしているためです。なお、モダリティ層に関する「翻訳」については、グローバル英語としての最後の工程で分析的観点からではなく包括的観点から行います。

第1工程での処理を適確におこなうためには、「こころの日本語文法」の知識が必要不可欠となります。なぜなら、日本語表現はすべて命題、対事的モダリティ、対人的モダリティという3層を通過してきていることから、ある表現を単に取り外す、取り外さないといった処理だけではすまないからです。

第1工程での目標は、処理後の表現を、第2工程「原子命題文への分割」にとって過不足のないものにすることです。「過不足がない」が目標であって、「完璧におこなう」が目標ではないことに、どうかご注意ください。

第2工程以降についても、第1工程と同様に、作業の工程およびその具体的な作業目標が明確に定められています。そして、それぞれの工程の目標をきちんと達成しながら作業を進めていけば、最終的にグローバル英語として過不足のない英文を作り出すことができるように構成されています。その後は、そのグローバル英語をベースとして、ネイティブ英語としても過不足のない英文の作成を目指すことも可能です。

さて、ここまでの説明に用いられてきた「作業工程」「作業目標」といった概念に対して、なにがしかの違和感を抱いた方も数多くいることでしょう。まるでどこかの工場での生産計画のようであって、人間らしさというものが感じられない。ことばを紡ぎ出すという営みは、工業製品をつくることは本質的に異なるものであって、「作業」「工程」「目標管理」といった概念が当てはまるものではない、などと感じている方もいるのではないでしょうか。

じつは、私がそうでした。私は小さい頃からの言葉好き、文学好きの人間ですから、言葉や文学に対して工学的な発想を持ち込むことには、違和感だけではなく、嫌悪感もありました。そんな私が、なぜこの「こころの翻訳 ワークシート」という工学的方法を採用するに至ったのかというと、この方法を用いることによって、まったく役に立たない現在の日英翻訳学習のあり方を打破することができると、確信をしたからです。

「こころの翻訳 ワークシート」は近代科学的、工学的な手法のもとにつくられていますが、その根底には「ことばではなく、こころをつなぐ」という理念があります。そして「こころの日本語文法」「こころの英文法」「こころの翻訳」という理論基盤があります。そのうえで、実践面でのツールとして工学的な「ワークシート」を用いているのです。

「こころの翻訳 ワークシート」の手法と目標はきわめて明確で具体的です。言葉に対するセンス、才能などといったものは必要がありません。「こころの翻訳 ワークシート」は誰にでも利用ができます。

そのため、この「こころの翻訳 ワークシート」を用いれば、誰にでも「こころの日英翻訳」はできるのです。

もちろん、英語ネイティブに褒められるような英文がつくれるわけではありません。しかし、世界中の人びとに自分の考えを過不足なく伝えることのできるグローバル英語の英作文力は、この「こころの翻訳 ワークシート」の演習を積み重ねることで十分に身につくのです。

世界中の人びとに自分の考えを過不足なく伝えることのできるグローバル英語作文力を、どんな人でも確実に獲得できるようにすること――このことこそが、「こころの翻訳 ワークシート(日英)」が目指すものです。

 

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成瀬塾通信No.12 
「こころの翻訳 ワークシート」解説シリーズ(1)日本語文のモダリティ処理

 

「こころの翻訳 ワークシート」解説シリーズ(1)「日本語文のモダリティ処理」のPDRファイルを添付しました。参考にしてください。

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成瀬塾通信No.11 
まず、日本語

 

私(成瀬)が日本語、英語、翻訳に関する研究をはじめてから40年以上が経ちますが、そのあいだずっと守ってきたのは、「まず、日本語。」という基本姿勢です。まず、日本語。それから、英語です。

ところが、多くの英語関係者、翻訳関係者の基本姿勢は、そうではありません。その逆です。「まず、英語。」という基本姿勢なのです。

たとえば、英語関係者のなかには「英語は論理的で明確で客観的であるが、日本語は非論理的で曖昧で主観的な情緒に流されやすい」などと、平気で口にする人もいます。そうした内容を日本語でいうことがいかに滑稽なことかは、本人はおそらく気づいていません。

翻訳研究においても、日本語はつねに軽んじられてきました。英語の観点から日本語を分析する研究は山のようにありますが、日本語の観点から英語を分析する研究については皆無といって過言ではありません。英日翻訳の研究では、いかにして英語の原文をできるかぎり忠実に翻訳するのかが語られ、日英翻訳の研究では、日本人の書く英文にはネイティブ英語の観点からみていかに問題が多いのかが語られてきました。

こうした状況を根本から変えたいと、40数年前に私は本気で考えました。そこで始めたのが、日本語の研究でした。日本語の本質がわからないかぎり、本当の翻訳はできないし、日本人が本当の意味でバイリンガルになることはできないと思ったからです。

当時の日本語研究は西欧言語学をベースにおこなわれていました(いまもだいたいそうです)。西欧言語学は近代西欧文明の落とし子ですから、近代西欧的な世界観と思考方法のもとに組み立てられています。それを用いて日本語の研究をおこなうことが客観的かつ論理的であり、そして正当な学問だと考えらえていました。

こうした研究の方向性は、「まず、日本語」という私の基本姿勢とは一致しません。ですから、そのような研究の成果については参考にはするけれども追随はしない、という研究の姿勢を私はつねに保ってきました。

いっぽう、私が特に勉強したのは、江戸後期から現代にいたるまで積み上げられてきた日本人の手による日本語の研究でした。古くは富士谷成章や本居春庭、明治以降では山田孝雄、時枝誠記、三上章、南不二男、渡辺実などなど、数多くの日本人研究者が「まず、日本語」という観点から日本語の研究をおこなってきました。

なかでも私が注目したのは、時枝誠記、三上章、南不二男、渡辺実という4人の研究者でした。そして、この4人の研究の成果をベースにしてそれを発展させたのが、私の「心の日本語文法」です。彼らの研究の成果がなければ私の「心の日本語文法」はなく、さらにいえば「心の翻訳」モデルもありません。その意味では、彼らこそが私の日本語・英語・翻訳研究における恩師たちです。

繰り返しますが、「まず、日本語」です。その前提のうえに私の「心の翻訳」モデルはつくられています。ですから皆さんにも、「まず、日本語」の基本姿勢を保っていただければと、強く願っています。

 

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成瀬塾通信No.10 
SPMC分析を自分がつくった英文でも使いましょう

 

私(成瀬)が考案したSPMC分析は(自分でいうのもなんですが)非常に強力なツールです。わたしたちが英文を読むときにSPMC分析を用いれば、まず構文把握ミスが避けられます。さらには、動的な読みや、パラフレージング、こころの英日翻訳などにも役に立ちます。いいことばかりです。(^^)

SPMC分析には、じつはもうひとつの有力な使い道があります。自分のつくった英文にSPMC分析を用いるという使い道です。これをおこなうことで、英文を読むときと同様に、英文を書くときにも構文ミスが避けられます。また動的なフローの確認や、パラフレージングにも役立ちます。

たとえば、

However, what’s going on your socks.

というセンテンスには、構文ミスがありますね。それを確かめるには、SPMC分析をすればよいのです。

 

However, (Connector)

what (Subject)

is going on (Predicate)

your socks

 

これで、最後のyour socksのいきどころがなくなっていることがわかります。

では、これはどうでしょう。

 

You firstly fold a toe part into inside and then take a little more space a waist part.

 

You (Subject)

firstly fold a toe part into inside (Predicate)

and then (Connector)

take a little more space (Predicate)

a waist part

 

同じく、最後のa waist partが何なのかが不明であることが、これでわかりました。

このように、英文をつくるうえで構文のミスを避けるためには、自分のつくった英文のSPMC分析をつねに実際におこなってみることが重要です。この習慣をつけると、構文ミスが各段に減ります。おためしあれ。

 

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成瀬塾通信No.9 
受動態は能動態の「裏返し表現」ではありません

 

ある受講生さんから次の質問がきました。

「受け身の英語文は書き言葉も話し言葉も避けるのが良いですか?分かりづらい?文として不自然?(「こんまり」のような)物が主役のようなものは、どうしても受動態が先に浮かんでしまいます。一般的にネイティブは受動態をどんな時に使うのでしょうか?グローバル英語として考えた場合も受動態はどうしたら良いでしょうか?」

あるものごとを英語で表現をするときに能動態にするべきか、受動態にするべきかという質問は、これまでも数多く受けてきました。ここには、根本的な勘違いがあります。あるものごとを能動態でも受動態でも同じように表現できる、という勘違いです。おそらく、学校英文法で能動態と受動態の書き換えの練習をさせられて身についてしまった勘違いなのでしょう。まったく学校英文法というやつは罪つくりです。

受動態は能動態の「裏返し表現」ではありません。能動態と受動態は、別の心の働きをそれぞれに表すものです。能動態(SVO構文)はSとOという2つの実体のあいだの関係性を表しますが、受動態はSという実体の属性(状態、他)を表します。

「二項の関係性」と「ある項の属性」というこの2つは英語思考における王様と女王様です。ですから「心の英文法」では、学校文法のように「基本5文型(または7,8文型)」という考え方をとらず、SP(VO)とSP(VC)という「基本2文型」という考え方をとります。

具体例でみてみましょう。以下は橋元さんが今回おこなったワークシートの一部です。

「結ばれたり、裏返されたりしている靴下たちは、つねに伸ばされ、ゴムの部分には圧力がかかり、いつでも緊張状態。」

  1. ストッキングが結ばれていること

  2. 靴下が裏返されていること

  3. ゴムがつねに伸ばされていること

  4. 靴下が緊張状態であること

  1. Stockings are tied up.

  2. Socks are turned inside out.

  3. The elastics are always stretched.

  4. They are under pressure.

 

英語表現では1~3が受動態、4がSP(VC)です。でも4つともストッキングや靴下の属性(状態)を表現していることに変わりはありません。すなわち、受動態とSP(VC)はSubjectの属性を表現するという点において同じものです。そしてこのことは、能動態と受動態とは思考の本質が違うことを示しています。

ですから、受講生さんの質問の「受け身の英語文は書き言葉も話し言葉も避けるのが良いですか?分かりづらい?文として不自然?」に対する回答は、「そんなことはありません。受け身という表現は、能動態とはまったく異なる、別の役割を持っています。その役割から外れた時だけ、分かりづらく、不自然になります」というものです。

つぎの「一般的にネイティブは受動態をどんな時に使うのでしょうか?グローバル英語として考えた場合も受動態はどうしたら良いでしょうか?」という質問に対する回答は、「受動態は、あるものごと(Subject)の属性(状態や性質など)を表現したいときに用います。それはネイティブ英語であれグローバル英語であれ、変わりはありません」というものです。

もういちど、書いておきます。受動態は能動態の「裏返し表現」ではありません。能動態と受動態は、まったく別の心の働きをそれぞれに表すものです。

 

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成瀬塾通信No.8 
原子命題センテンスを分子命題センテンスにまとめる技法

 

レッスンを進めると、それぞれの段階におけるさまざまな課題が具体的なかたちで見えてきます。そうやって見つけ出した課題を着実にひとつずつ解決していくことで、私たちは少しずつですが確実にグローバル英語の書き手としての力を高めていくことができます。グローバル英語をマスターするうえで、この方法こそ「王道」であると、私は考えます。

さて今回の通信では、成瀬塾「心の英文法 基礎」クラスの「人生がときめく片づけの魔法」の第11回課題の出だしの文、

「よかれと思ってしたことが、思わぬところで人を傷つけてしまうことってありませんか。」

の日英翻訳を例にとって、4)複数の原子命題センテンス(SP)を分子命題センテンス(SPM)に統合化、における課題について考えてみることにします。

この文の分析をすると、「あなたは、ある体験を持ったことがあるか?」というのがメイン情報であって、その「体験」の内容として「よかれと思ってしたことが、思わぬところで人を傷つけてしまった」というサブ情報が述べられているというかたちになっていることがわかります。

 

「あなたは、ある体験を持ったことがあるか?」=メインで伝えたいこと

「よかれと思ってしたことが、思わぬところで人を傷つけてしまった」=その体験の内容(サブ情報)

 

まず、原子命題に分割して、それからSP文にしてみます。すると、こうなります。

1. (あなたが)ある人に何かをしたこと → you did something for someone.

2. (それが)その人にとって良いことであること → It is a good thing for him/her.

3. (あなたが)そうだと思ったこと → You thought so.

4. (そのことが)その人を実際には傷つけたこと → Actually, it hurt him/her.

5. (あなたが)それを予想していなかったこと → You had not expected it.

6. (あなたが)そんな体験を持ったことがあること → You have ever had such experience.

 

まとめると次のようです。なお最後のセンテンスについては疑問文に変えました。

You did something for someone. It is a good thing for him/her. You thought so. Actually, it hurt him/her. You did not expect it. Have you ever had such experience?

会話体としては、これで十分です。でも書き言葉としては、もっとまとめたいところですね。できれば1センテンスに。そのほうが「思考のまとまり」「文体」という観点からみて価値が上がると考えられるからです。

ただし、そのまとめ方がとても難しいのです。たとえば、次のように1センテンスにまとめたとしましょう。

Have you ever had an experience that you did something for someone because you thought that it is a good thing for him/her but that unexpectedly it resulted in hurting him/her?

なんだか、おかしいですね。なにがおかしいかというと、an experienceの同格として表現されるthat節のなかに、because節があり、さらにその中にthat節がふたつ入っている、という、じつに入り組んだややこしいセンテンス構造をしていることです。これでは文法的にも許容範囲を少し越えていますし、読みにくいうえに、文体的な価値も高くありません。せっかく1センテンスにまとめても、価値の向上にはつながっていないと言わざるを得ません。どうすればよいのでしょうか。

検討するべき点は明らかです。入り組んだややこしいセンテンス構造を、いかにして解消するか、です。

ここで、「こんまり」の英文をみてみましょう。次のとおりです。

 

Have you ever had the experience where you thought what you were doing was a good thing but later learned that it had hurt someone?

 

これに、省略されたthat節のthatを足して、接続部分を青色にすると、次のようになります。

 

Have you ever had the experience where you thought that what you were doing was a good thing but later learned that it had hurt someone?

 

私がつくったセンテンスの入り組んだややこしい構造にくらべると、このセンテンスの構造は見事に整理されています。

構造を詳しくみてみると、the experienceの内容を解説するwhere節のなかに、you thought that...と、(you) learned that...という2つのthat節付きSPが組み入れられている、という構造です。

これであれば、文法的にみて完全に許容範囲であると同時に、読者にとって理解がしやすく、かつ文体的にも優れています。いいかえると、たんにSPセンテンスを並べただけに比べると、このセンテンスは英文としての価値が各段に向上しているのです。

では、具体的に何がこの価値向上を生み出しているのかというと、where you thought...というwhereを用いた関係副詞節の利用、what you were doing was...というwhatを用いた名詞節の利用、「思わぬところで」に対するlearned that...の利用、の3つのポイントです。

まず、where you thought...という関係副詞節を用いたことで、an experience that...と同格のthat節を用いるよりも、さらに広い状況を説明することができます。その結果、where節のなかでthat節を用いることの違和感が大きく減じます。そのため、この「こんまり」センテンスのように、where .... (that)....thatというかたちになっても、普通に理解ができてしまうのです。

つぎに、You did something for someone.の代わりにwhat you were doingを使ったことで、2つのSPを1つにまとめることができました。それが構文のややこしさをさらに減じてくれています。

最後に、learnを用いたことで、Actually, it hurt him/her. You did not expect it.という2つのSPの内容を、learned that it had hurt someoneという1つのSPにまとめることができています。これもわかりやすさと文体の向上につながっています。

私たちが「こころの日英翻訳」をするとき、ここに挙げた「こんまり」センテンスの3つの技法――where節の利用、what節の利用、learnの利用――は、さまざまな分野の翻訳においてじつに幅広く使えるものです。

この通信のはじめに、課題をひとつずつ解決していくことで英語の書き手としての力を高めることができる、と述べました。これが、その例です。ぜひ、皆さんもこれらの技法を十分に身につけてください。

 

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成瀬塾通信 No.7 
"it"は、「それ」ではありません

 

サイマルの英日翻訳コースの本科の課題のひとつに、次のものがあります。まず、読んでみてください。なお、この中に出てくるstruck a nerve(strike a nerve)という熟語は、touch a nerve/hit a nerveと同じ意味でして、英和辞書では「痛いところを突く」などとされています。

 

“Inflation is as violent as a mugger, as frightening as an armed robber and as deadly as a hit man.” – Ronald Reagan

In 1978, when then-candidate Ronald Reagan likened inflation to a mugger, it struck a nerve. Inflation was running at a 9% annual clip, on its way to nearly 15% two years later. Inflation was a harsh reality.

 

これまでに100人以上の本科受講生が、この英文を訳してきました。そしてそのほとんど(9割以上)の訳文が、次のようなものでした。

 

「インフレーションは路上強盗のごとく暴力的で、武装した強盗のごとく恐ろしく、狙撃手のごとく致命的である」ロナルド・レーガン

1978年、当時大統領候補であったロナルド・レーガンがインフレを強盗に例えたとき、その言葉は人々の心に刺さった。当時のインフレ率は年率9%、2年間で15%近くにまで上っていた。インフレは、まさに厳しい現実そのものだったのである。

 

この訳文には、誤訳があります。皆さん、わかりますか?

In 1978, when then-candidate Ronald Reagan likened inflation to a mugger, it struck a nerve.

の部分です。

この部分に対する受講生の訳文は、「インフレを強盗に例えて反響を呼んだ」です。すなわち、この“it”が意味するのを「(ロナルド・レーガンが)インフレを強盗に例えること」(then-candidate Ronald Reagan likened inflation to a mugger)だと理解をしているわけです。

これは、ちがいます。itは「代名詞」(名詞の代わりに置かれるもの)ですから、このセンテンスのなかの「副詞節」(when then-candidate Ronald Reagan likened inflation to a mugger)の内容を指し示すことはできません。それは英語として、不可能なのです。

このitという代名詞が代替している名詞は、inflation(インフレ)です。ですからこの部分は、たとえば次のように訳さなければなりません。

 

「インフレは、路上強盗のように荒っぽく、押し込み強盗のように恐ろしく、殺し屋のように命取りだ。」―ロナルド・レーガン

1978年、当時の大統領候補だったロナルド・レーガンが路上強盗に例えたように、インフレは社会を悩ます深刻な問題だった。当時のインフレは年率9%と急騰し、2年後には15%近くに達した。インフレは厳しい現実だったのである。

 

ではなぜ、こんなミスが起こったのでしょうか。それも、上級レベルの英語力を持つサイマル本科の受講生の大半に、です。

大きな理由は、このitを「それは」と置き換えて理解してしまったからだと考えられます。

つまり、In 1978, when then-candidate Ronald Reagan likened inflation to a mugger, までを読んだときに、これをまず、「1978年、当時大統領候補であったロナルド・レーガンがインフレを強盗に例えたとき、」と日本語で理解して、そのあとに、it struck a nerve.がきたので、そのitを「それは」と理解したことによって、「それは=ロナルド・レーガンがインフレを強盗に例えたことは=その言葉は」という流れになったのだと思われます。

ここでの最大の問題は、英語の”it”が「代名詞」であって何かの「名詞表現の置き換え」にすぎないものであるのに対して、日本語の「それ」は「指示詞」であって名詞だけなくその他のさまざまな要素も幅広く指し示すことができるものであること、すなわち両者は一致しないという事実を、ほとんどの日本人英語学習者(上級者も含めて)が知らない、ということです。

さて前回の課題で、ある受講生さんが次のような英文をつくってきました。

 

Importantly, not showing your discarded items to your family is your kindness to them. It will prevent them from increasing more items.

(原文:「「捨てるモノを見せない」のは、気づかいという意味もありますが、何よりもご家族のモノを増やさないために大事なことです。」)

 

このItが代替しているものは、なんでしょうか。

Importantly, not showing your discarded items to your family is your kindness to them.という前の文全体ではありませんね。このItが代替しているのは、not showing your discarded items to your familyというSubjectの部分です。なぜなら、Subjectはつねに名詞ですから。

では、原文でこの部分がどうなっているのかというと、次のようになっています。

 

Keeping your garbage out of sight is considerate. It also protects your family from acquiring more than they need or can enjoy.

 

もうわかりますね。このItが代替しているのは、Keeping your garbage out of sightです。Keeping your garbage out of sight is considerate.ではありません。

私たち日本人英語学習者のとって非常に深刻な問題は、itを「それ」として理解をしてしまっても、多くの場合、なんとなく意味がつながってしまうことです。受講生の訳文の「1978年、当時大統領候補であったロナルド・レーガンがインフレを強盗に例えたとき、その言葉は人々の心に刺さった。」がその例のひとつです。

そして自分が本当の意味で英語を英語として理解できていないという事実に、ほとんどの英語学習者が気づかないままで、終わってしまうのです。

こうした悲喜劇を避けるためには、きちんとしたコーチングのもとに適切なトレーニングをおこない、英語を英語として正しく理解できるようにならなければなりません。このクラスでは、そうしたトレーニングをひとつずつ積み重ねていきましょう。一緒に、頑張りましょう。

 

(補足)

“it”と「それ」の件について、説明足らずのところがあったので、追加の情報を送ります。

なかには、なんでこんな小さなことにここまでこだわるのか、と思われている方もいるかもしれませんね。

でも、じつは既存の英語学習における、このような「本質的な」欠陥こそが、みなさんの英語学習にとって非常に大きな足枷になっていると私は真剣に考えています。ここは、なんとしても深く深く理解をしておかねばなりません。本当に英語を英語として理解するためには、それが必要不可欠なのです。

さて、中学の英語の授業の最初のほうで習うのですが、文法的にいえば、itはheやsheとひとつのグループになっています。文法的な説明では、「he, she, itは”人称代名詞”の単数形」と教えられたはずです(複数形は、すべてtheyです)。

さて、”人称代名詞”とは、なんでしょうか。wikiによると、「話し手、受け手、および談話の中で指定された人や物を指す代名詞である。一般に、話し手を指す一人称、受け手を指す二人称、それ以外の人、物を指す三人称に分けられる。」とあります。

いいかえると、”it”とは一人称(I)や二人称(you)でない、それ以外の人・モノを指す三人称の表現(he, she, it)のひとつ、ということです。

ようするに、”it”とは(モノを指している)”人称”代名詞です。

”it”には、「それ」という訳語が充てられます。たとえばWeblioでのitの訳語は「それは、それを、それに」となっています。

まとめると、一般の英語教育では、”it”=”人称”代名詞=「それ」、ということになっています。

そして、この考え方、教え方こそが諸悪の根源なのです!

日本語の世界では、「これ、あれ、それ」がグループとなっています。これは文法的には「指示詞」です。

指示詞は、名詞だけではなく、句や文、それ以上の単位の言語表現をすべて指し示すことができます。

すなわち、日本語の指示詞(これ、あれ、それ)は、あくまでも指示詞であって、代名詞ではありません。

なお、英語では”that”やthisといった語が、日本語の「これ、あれ、それ」に似た指示詞的用法を持っています(ただしthatやthisはそのほかの用法も合わせ持っていることに注意してください)。

そして、itには指示詞としての用法はありません。代名詞としての用法だけです。

ゆえに、英語の”it”は、日本語の「それ」ではありません。

また、英語の”it”は、英語のthisやthatの仲間ではありません。またthis/thatは指示詞ですから、「あれ・これ・それ」にある程度対応させることができますが、“it”は基本的に「あれ・これ・それ」に対応させることができません。

”it”とは、名詞用法の表現を受け入れる空箱です。その実質的な名詞用法表現は、”it”の前にあることもあれば、後ろにあることもあります。私たちにとって大事なことは、その実質的な名詞用法表現とitとが適確につなげられることです。これができなければ、英語を英語として読むことはできません。

 

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成瀬塾通信 No.6 
英語センテンスのさまざまな「型紙」を用意する

 

NHKで放送している「ソーイング・ビー」(英国BBC制作)を毎回とても楽しんでみています。裁縫好きの人々が審査員から与えられた服づくりの課題をクリアしていくという番組で、いわば「ソーイング(裁縫)勝ち抜き合戦」です。私自身は裁縫をやったことがないのですが、参加者が一生懸命に課題に取り組む様子を見ていると、がんばれ!と声をかけたくなります。

番組をみて私が知ったのは、服づくりのベースは「型紙」(パターン)だということです。そうか、それでデザイナーのほかに「パターンナー」という仕事があるのか、とよくわかりました(こんなことを書くと、なにをいまさらと多くの人から突っ込みが入りそうですけど)。

番組のなかでは、課題ごとにさまざまな型紙(パターン)が登場します。それにあわせて、参加者は生地を選び、縫い方を選びます。ときには与えられたパターンに少し手を加えて個性を出そうともしますが、でもやはり重要なのはパターンの指示を忠実に守って正確に縫いあげることです。生地によってはうまく縫うことが難しく、高度な縫製技術が必要です。

番組をみながら私はこんなことを考えました。

 

  • 英語センテンスづくりが「服づくり」と同じだとすると、それをうまくおこなうためにはやはり「型紙」(パターン)が必要であること。

  • 裁縫ではさまざまな服の種類に合わせてさまざまな型紙があるように、英文ライティングでもさまざまなセンテンスの種類に合わせてさまざまな「センテンスの型紙(パターン)」を用意しておかなければならないこと。

  • 実際の裁縫では型紙に合わせて布を裁断して縫い合わせていくように、実際の英文センテンスづくりでは「センテンスの型紙(パターン)」に合わせて言語表現を選び出し、それを組み合わせていく必要があること。

  • 布の種類や色、縫い合わせ方法をさまざまに変えることでさまざまな服ができるように、表現の種類や接続のやり方をさまざまに変えることでさまざまなセンテンスができあがること。

 

こうして、英文センテンスのベースとなるのは「型紙」(パターン)であることがわかりました。そして、さまざまなタイプの英文センテンスに対応するためには、私たちはさまざまなタイプの「英語センテンスの型紙(パターン)」を手元に用意しておかなければなりません。

ところが実際には、私たちはその「英語センテンスの型紙(パターン)」をほとんど手元に持っていないのではないでしょうか。私たちがうまく(服ならぬ)英文センテンスをつくれない大きな理由がそこにあるのだと私は気づきました。

そこで、私はこれから「服飾パターンナー」ならぬ「英語センテンスのパターンナー」になろうと決心をしました。さまざまな用途に合わせたさまざまなタイプの「英語センテンスの型紙(パターン)」をつくって、それを皆さんにご提供していきたいと思います。皆さんは、その「型紙」をベースにして言語表現を選び出し、それを組み合わせていけばよいというわけです。といっても、それを正確におこなうためには、やはり高度な言語技術が必要です。

皆さんのほうでも、こんな用途のためのこんな「型紙」がせひほしい、というご希望があれば、ぜひ私にリクエストしてみてください。それに合わせた「型紙」を考えてみたいと思います。

 

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成瀬塾通信 No.5 
成瀬塾としての「プラチナ」教材づくりに取り組んでいます

 

よい英語教育プログラムにとって必要なものといえば、よい先生、よい理論、よいメソッド、そして、よい教材です。これらのすべてが揃わなければ、本当によい英語教育プログラムというものは成り立ちません。成瀬塾の場合、よい先生はいますね(へへっ)。よい理論やよいメソッドもあります(へへへっ)。でも、よい教材となると、これがなかなかの難物なんです。

英語教育の世界では、よい先生やよい教え方以上に、よい教材というものが、世の中には存在していません。学校の英語教材や市販の英語教材など、はっきりといいますが、ほとんどが使いものになりません。ということで、教材についても、理論やメソッドと同様に自分でつくるしかありません。

私の場合、ここ20年ほどはサイマル・アカデミーのクラスのための教材づくりをおこなってきました。そこから生み出されたのが「心の翻訳」「心の英文法・日本語文法」のテキスト・演習です。これらが実際にサイマルクラスで使われていることは、皆さんもご承知のとおりです。

現在の私は、成瀬塾のクラスのための新たな教材づくりをおこなっているところです。もちろん成瀬塾でもサイマルで用いている「心」シリーズのテキスト・演習を用いることはできますが、成瀬塾の場合には、それだけでは足りません。サイマルと成瀬塾とでは教育目標が違うからです。

いろいろな角度から新しい教材の開発に取り組んでいますが、そのひとつが、いまの成瀬塾クラスで使っている「人生がときめく片づけの魔法」です。これは、まさに大当たりでした! 「こんまり」は日本語、英語ともにクオリティが非常に高く、内容的にも面白く、さらには翻訳技術もとても優れているという、すべてがそろった「プラチナ」教材です。今後も「コンマリ」プログラムの開発を、さらに深めていくつもりです。

ただ「こんまり」、サイマル・アカデミー出身の受講生にはぴったりですが、(2022年春からの受け入れを予定している)一般の受講生の入門プログラムとしては、ちょっと敷居が高いかな、と思っています。

ということで、一般受講生の入門プログラムのための、そのほかの教材をさがしているところです。

これまでに見つけてきたものとしては、

  1. The Japan Times alpha Online(https://alpha.japantimes.co.jp/)、

  2. NHK World Japan On-deman(https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/ondemand/video/

の2つがあります。懸命にあちこち探し回ってあげく、結局のところジャパタイとNHKなのかとがっかりしますが、英語のクオリティや内容の豊かさや面白さなどを考えると、やはりここに行き着いたというのが実際のところです。

いずれも、うまく組み立てれば入門プログラムとして「プラチナ教材」化できると踏んでいます。たとえば、NHK World Japan On-demandについては、次のような学習方法が考えられます。

 

  1. 面白そうなエピソードをひとつ選び、それを何度か聴いた後、ディクテーションをする(リスニング+ディクテーション)。ディクテーションの結果を先生(成瀬)がチェックして間違いを指摘するとともに、なぜ間違ったのかを理由を解説し、それを修正するためのトレーニング方法を指導する。

  2. つぎに、正しい英文スクリプトを読み上げてグーグルドキュメントを使って音声入力する。きっちりと音声入力できれば、グローバル英語としての発音はOK。グーグル型が英語として十分に認識してくれなければ、グローバル英語としての発音に問題があるので、そこをチェックする。入力の仕方とチェックの仕方は先生成瀬)がアドバイスする。

  3. つぎに、成瀬塾で用意した日本語をベースにして英文を書いてみる。間違いなく書けるようになるまで繰り返す。

  4. 最後に、ビデオを英文スクリプトをみながら読み上げる。それをなんども繰り返したのち、こんごはスクリプトを見ないで読み上げる。しっかりと読み上げられるようになったら、学習終了。

 

こんな感じで、いまは考えています。これから来年に向けて具体的なプログラムづくりに入っていきます。

 

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成瀬塾通信 No.4 
私の英語教育革命

 

今回の成瀬塾通信では、私の「英語」教育に対する「哲学」のようなものをご紹介します(ちょっとおおげさですが)。

20代から私がずっと目指してきたのは、日本の英語教育を根底から変えることです。「改善」ではなく「革命」です。そのための道具立てとして、「心」モデルという理論、名詞認識やSPMC分析といったメソッド、日英ライティング(翻訳)という学習プログラムを開発してきました。

それらがようやく現場で機能しはじめています。とてもうれしいことですし、ようやくここまできたか、という感慨もあります。と同時に、勝負はここからだ、とも思っています。

これまでの日本の言語教育は次の考え方に基づいていました。

 

  • 日本語は私たちにとっての「母語」である。それを教える教科が「国語」である。ゆえに「国語」は必須科目でなければならない。

  • 英語は私たちにとっての「外国語」である。それを教える教科が「外国語(英語)」である。外国語は選択科目でよい。だが実質的に「英語」は必要であるから、必須科目と同じ扱いとする。

 

こうした考え方は、これまでそれなりに機能してきました。しかしこれからはそうではありません。

現在、私たちはグローバル化という人類史上に残る大変革時代を生きています。その歴史の流れのなかで私たちは日本社会のなかだけでなくグローバル社会のなかでも生きていかなければなりません。

そのグローバル社会での共通語がグローバル英語です。したがって私たちは「外国語」としてではなく私たち自身の「第二言語」としてグローバル英語をマスターする必要があります。

ここからすると、これからの日本の言語教育は、次の考え方に基づいておこなわれるべきです。

 

  • 日本語は私たちにとっての「第一言語」である。それを教える教科が「日本語」である。ゆえに「日本語」は必須科目でなければならない。

  • グローバル英語は私たちにとっての「第二言語」である。それを教える教科が「グローバル英語」である。グローバル英語は、第二ではあっても私たち自身の言語である。外国語ではない。ゆえにそれは必須科目でなければならない。

  • 私たちがひとつの人格を保持するためには、第一言語である日本語と第二言語であるグローバル英語とのあいだを自由に往来できなければならない。したがって日本語とグローバル英語の教育は密接に連動させなければならない。

  • ネイティブ英語は私たちにとって「諸外国語」のひとつである。それを教える教科が「外国語(ネイティブ英語)」である。ゆえにネイティブ英語は名目的にも実質的にも選択科目である。その他の諸外国語と同じ位置付けである。

 

英語教育革命を目指すなど、まったくドン・キホーテ的だなあ、と自分でも思います。でも、ここまでそれでやってきたんだから、これからもそれでいきます。「見果てぬ夢」を、これからも見つづけるつもりです。

 

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成瀬塾通信 No.3 
教師として心掛けていること

 

この「成瀬塾通信」No.3では、私が教師として心掛けていることをご紹介します。3つあります。

ひとつめは、英語・日本語・翻訳に関する正しい理論と手法をお伝えすることです。従来の理論と手法は、価値の高い日本語・英語の文章づくりには役に立ちません。価値ある翻訳の実践にも役に立ちません。それに対して私の「心」モデルの理論と手法は、そうしたことに役に立つものです。ですから、その「心」モデルの理論・手法を皆さんにできるかぎり広く深くお伝えしたいと心掛けています。

ふたつめは、学習に関する適確なアドバイスをさまざまな角度から幅広く提供することです。言葉の学習は人生にかかわる一大プロジェクトであり、それを成功させるには正しい方法と方向性の学習が不可欠です。間違った方法や方向性での学習ではせっかくの努力が実を結びません。一人一人の状況(どこの部分が強いか弱いか、間違ったクセはついていないか、どのようなトレーニングが適しているか、目標はなにか、他)を把握したうえで、皆さんの努力が十分に実を結ぶように適確なアドバイスを送りたいと思っています。

そしてみっつめは、正しい方法と正しい方向性に沿った質の高い学習プログラムとトレーニングメニューを開発して提供することです。正しい方法と方向性で適切なトレーニングを積み重ねると進歩の度合いがまったく違います。おどろくほどに力がつきます。そうした「人生がときめくトレーニングの魔法」(^^;)を、皆さんにご提供したいと考えています。

教師というのは、生徒(他人)が伸びてくれればくれるほど自分のエゴが満たされるという、じつに妙なタイプの人間だと思います。なにか自分のなかに満たされないものがあるのかもしれませんね。でもそれが自分の性分であり持ち味なんだから、それでいいと割り切れたのは、60歳を過ぎてからのことでした。歳を重ねると、いいことがあるものです。

 

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成瀬塾通信 No.2 
私の雑感

 

若い時分に高校の先生をしていたこともあって、高校生を教えたいなあと、以前からずっと思っています。

10年ほど前のことです。あるひとに高校生に英語を教えたいといったら、受験英語ですか、英会話ですか、とたずねられました。

いえ、受験も英会話も関係なく、グローバル英語の読み書き中心ですと答えると、その人はおし黙ってしまいました。忙しい高校生を相手にして受験勉強や英会話以外の英語を教えるという発想自体が非常識であり、そんなことが世間で通用するはずがない、とそのひとの眼が語っていました。その眼にさらされながら10年前の私は、そうなんだよなあ、「世間では通用しない」んだよなあ、などと意気消沈をしていました。

けれども、それからの10年で、私も「世間」も変わったように思います。まず私のほうですが、人生の大半をかけて取り組んできた文法と翻訳の「心」モデルが完成して、その後はその理論とモデルを教育の現場で活用するためのテキストと教材づくりを続けています。サイマル・アカデミーでの教育実践は20年になり、それなりの実績を残してきました。いまの自分が10年前の自分と大きく違うのは、こうしたことを経たことで教育者としての自分に対してようやく自信が持てるようになったことです。

いっぽうで「世間」のほうも、この10年で少し変わってきたように思います。まず、「人生100年」の時代が本当にやってきました。リンダ・グラットンの『ライフシフト』によると、2007年生まれの日本人が107歳まで生きる確率は50%です。すなわち、いまの高校生の大半は100歳以上まで生きる、ということです。

高校生の英語学習といえば受験英語といった考え方は、いまの時代では「常識」なのかもしれません。しかし実際には、これは新しい時代においては「非常識」です。現在の学校制度や会社組織など、50年後には、まず間違いなく崩壊しています。そのころ、現在の高校生は60歳代。まだまだ人生の道半ばなのです。そうした激動の時代において、高校時代の受験英語など、はたしてどの程度の意味があるというのでしょうか。

この矛盾に誰もが気づきはじめています。特に当事者である高校生は気づいているはずです。ただ、気づいてはいるけれども、まだそう言い切るだけの自信がない、といったところではないでしょうか。なぜなら、まわりの大人たちの多くが、いまだに旧来の「世間の常識」に縛られたままだからです。

リンダ・グラットンがいうように、これからの時代に過去のモデルは役に立ちません。そしていまの高校生たちには、まわりに「ロールモデル」(生き方のお手本となる人物)があまりにも少ないといえます。だからこそ、私がやるべきことは、「受験英語や英会話など、君たちの長い人生にとって、大した意味を持たない。君たちにとって大事なことは、本物の言葉の力、それも日本語と英語の両方の力を身につけるために努力を積み重ねることである。それが君たちの人間力の源となり、これからの人生を支える基盤となる」という明確なメッセージを、彼らに対してできるかぎり発信することだと思っています。

私は50歳をすぎてから、当時80歳代後半の日野原重明先生に出会うことができ、それによって、少なくとも90歳までは仕事をし続け、生きているかぎりは成長をし続けるんだと決心することができました。

人からのメッセージは、人生を変えます。私は日野原先生からのメッセージで人生を変えていただきました。だからこんどは私のメッセージで誰かの人生を変えたいと、願っています。

 

☆☆☆

 

成瀬塾通信 No.1 
通信をはじめます

 

成瀬塾通信、どこまで続くかわかりませんが、とりあえず、はじめてみました。 肩に力を入れ過ぎると続かないので、適当にやります。いまのところ読者は皆さんだけなので、クラスでの余談の続きぐらいに捉えてください。

通信のNo.1で「心の文型」(この表現、いま思いつきました!)を取り上げたのは、これがこのところの私の研究の中心テーマのひとつだからです。私たちが英語を自在につくれない最大要因のひとつは「心の文型」を育ててこなかったからではないか、それを理解して重点的にトレーニングと英語アウトプット力が飛躍的に伸びるのではないか、と仮説を立てたうえで、そのための学習プログラムはどんなものにするべきかなどをいろいろ考えています。

ビジョン

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