はじめに

 

2011年から2012年にかけて私(成瀬)は「日英翻訳1日1題」というタイトルで約1年間にわたってオンライン上で日英翻訳プログラムを展開しました。本冊子はその内容をまとめたものです。楽しみながら日英翻訳の基本を学んでもらうとの趣旨のもとに日本に関する多様なテーマをカバーするとともに、訳すべき日本語としては多くの方がよくご存じのものを選びました。本冊子でも皆さんが楽しみつつ日英翻訳の学習をしていただけるようであれば、たいへんに嬉しく思います。

 

成瀬由紀雄

☆☆☆

テレビドラマのセリフを英語にしてみよう

「ええい、静まれ、静まれ!この紋所が、目に入らぬか!」

30代以上の日本人ならば、誰もが知っている水戸黄門の決め文句。英語にすると、どうなるでしょう。

 

You! Control yourself! Take a good look at this insignia!

 

「ええい」はYou!。「お前たち!」のニュアンスです。

 

「静まれ」はBe quietはだめ。quietは音を出さなくするという「静か」であって、動きをやめるということではありません。刀で切りあっているときに「音を出さないでね」というのはかなりシュール。Control yourselfを使いました。「自制せよ!」です。

 

「目に入らぬか」っていわれても印籠は目になんか入んないですね。ここは「よく注意してみるべし」でtake a good look atを使いました。goodは「よい」ではなく「十分に」。Look at carefullyと同じですがフォーマルなイメージがあります。紋所はinsignia(記章、勲章、しるし)。a school insigniaは校章。

 

☆☆☆

 

「ここにおわすは先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!頭が高い!ひかえおろう!」

2日つづけて水戸黄門の決め文句ですね。英語では、たとえば次のようなものが考えられます。

 

You are in the presence of the former Vice Shogun, Sir Mito Mitsukuni. You are too disrespectful! Kneel down on the ground!

 

in the presence of ~は、in the presence of God(神の御前で)といったかたちで使われることも多く、畏れ多いイメージがあります。「頭が高い」はtoo disrespectful(あまりにも無礼である)、「ひかえおろう」はkneel down on the ground(土下座せよ)にしました。土下座するという表現は英語の世界では異様ですが、ここはShogunという文脈から無理なく使えると思います。

 

☆☆☆

 

「同情するなら金をくれ!」

 

1994年のテレビドラマ「家なき子」で主人公の安達祐美がいったセリフです。主人公は12歳の設定になっており、当時の流行語大賞にも選ばれました。それにしても、えげつない日本語ですね。ドラマの内容もかなりえげつないものだったようですが、これが一般大衆には受けたようで高視聴率をマークしたと資料にあります。さて、英語です。

 

If you feel pity for me, gimme money!

 

feel pity for~は「~に同情する」です。ただしpityは自分より劣った人間や弱い立場にある人間に対して憐れみを感じるという意味あいがあり、文脈によっては相手を見下したいい方に聞こえます。その意味でも、ここではぴったりでしょう。同じ「同情する」でもsympathizeなどにはそうした意味合いはありません。

 

「気持ちを分かち合う」という意味あいを持つ英語には、このほかにcommiserate(commiseration), condole(condolence), console(consolation), compassionate(compassion), empathize(empathy)などがあります。con/comという接頭辞は「ともに」という意味(empathizeのemはもともとinで「中に」の意味)。

 

gimmeはgive meの俗語表現(スラング)。そのほかの有名な俗語表現としてはwanna(want to)、lemme(let me)などがあります。いずれもくずれた英語発音を文字化したもの。こうした俗語表現を使う日本人が使うととても奇妙です。外国人が「それ、やっぱ、くんない?」などと日本語でいうようなもの。冗談にもなりません。やめましょう。

 

☆☆☆

 

「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ!」

 

ドラマ「踊る大捜査線」の決め文句です。深津絵里のファンなのでよくみていました。さて英語です。

 

The crime is here on the street, not in your conference room!

 

on the streetは街中でという意味。in the streetでもかまいませんが、onはその上、inはその中、のイメージですから、in the streetなら、ある一定の区域のなかで、といったイメージがつきます。on the streetであれば、そうしたイメージはつきません。in your conference roomはもちろんin a conference roomでもよいですが、yourを使うことで、あんたがいまいるそこじゃない!というイメージが出ます。もちろん、on your conference roomはだめ。inやonといった前置詞については、意味ではなく、その語のもっているイメージをしっかり把握しておくことが大切です。

 

☆☆☆

 

「音楽に正面から向き合わないと、心から音楽を楽しめませんよ」

 

「のだめカンタービレ」で世界的な指揮者シュトレーゼマンが主人公の「のだめ」にいうセリフです。同作品はもともとコミック作品ですが、映画にもなっているので映画のセリフということで。

 

さて英語です。

 

Unless you face music squarely, you won’t be able to enjoy it with all your heart.

 

それにしても、いいセリフですね。「音楽」の代わりにほかのどんな言葉を入れても大丈夫だと思います。あなたなら、どんな言葉を入れますか?

 

☆☆☆

 

「お前のやったことは全部お見通しだ!」

 

人気テレビドラマ兼映画『TRICK(トリック)』で仲間由紀恵が演じる山田奈緒子の決め言葉です。このドラマ、ヘンですが、面白いです。

 

さて英語です。

 

I know what you have done. Mind you, I know them all!

 

直訳すると「お前のやったことは知っているぞ。いいか、全部だ!」。

 

意味だけを考えるならI know all of what you have done.(私は君のやったことのすべてを知っている)でもよいのですが、なにしろ決め言葉ですから、びしっと決めないといけません。

 

そこで、まずI know…(おれは知ってるぞ)といい放ち、それからMind you(いいか)と、もったいをつけて、そしてI know them all!(そうだ全部だ)で決めてみました。I know all of them! でないのは、最後の最後にallで締めたかったから。このほうがさらに決まる感じがします。

 

このように最後にallで占めるやり方はかなりよく用いられます。He ate all of it.=He ate it all.(彼はそれを全部食べた)

​(続く)

あの歌、あのセリフ、あの言葉を、英語にしてみよう
(サンプル原稿)

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