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はじめに

日英・英日翻訳者にとっての最大の課題は翻訳理論・技法ではありません。日本語力と英語力です。翻訳の基盤となるべき日本語力と英語力が十分ではないために翻訳理論・技法を習得してもそれを十分生かすことができないケースが多くみられます。これは本当にもったいないことです。

英語の学習は誰もがそれなりにおこなっていることでしょう。英文法についても当然おこなっているはずです[1]。

しかし、日本語文法はどうでしょうか。ほとんどの人が十分な学習をされていないと私は考えます。そしてこのことが私たち日本語人翻訳者にとっての最大の課題なのです。

私たちは中学や高校で学校国文法を学びました。そしてそれを日本語文法そのものであると「無意識」のうちにみなしています。しかし本編で詳しく説明したように実際には日本語文法には数多くの種類があり、学校国文法はそのうちにひとつにすぎません。さらに学校国文法は英文法をお手本につくられ、形態論にしばられたレベルの低い日本語文法でもあるため、私たちはそれを翻訳の基盤に用いることはできません。

では学校国文法の代わりに、どの日本語文法を翻訳の基盤に用いればよいのかといえば、私の推奨は「心の日本語文法」モデルです。なぜなら「心の日本語文法」モデルは、心のはたらきを翻訳するために考案された唯一の日本語文法だからです。これを利用することによって、他の日本語文法では生み出せない、認識や思考までをつなぐ訳文をつくりだすことが可能になります。

「演習論」では、その「心の日本語文法」モデルを皆さんが習得するための具体的なトレーニングの場をご提供するものです。「心の日本語文法」の本編を読み、このトレーニングをしっかりと行えば、皆さんの日本語力が大きく向上します。どうか頑張ってください。

 

成瀬由紀雄

 

[1] ただし一般に学習されている「英文法」には本質的な問題点があるのですが、その点については「思考の英文法―演習編」のほうでとりあげます。

​☆☆☆

1 思考の分析(1)

まず日本語での思考を分析します。日本語での思考を正しく分析することによって、これまで見えていなかった日本語のさまざまな特性が明確に見えてきます。また日本語の思考を正しく分析できる能力は日本語から英語への翻訳の際の重要な基盤ともなります。

認識、判断・態度、伝達

日本語の思考を文で表現する場合には「認識」「判断・態度」「伝達」という3層の入れ子構造になっています。以下、いくつかの例題をつうじて、その特性をみてみることにしましょう。

【例題1】
昨日の試合はペンギンズがベアーズに勝ったようですね。

[解説]

この文の構造を「認識」「判断・態度」「伝達」という3層の入れ子構造として分析してみると、次のとおりです。

 

 

 

 

 

①「認識」―「昨日の試合でペンギンズがベアーズに勝った」

②「判断・態度」―「昨日の試合は」「ようだ」

③「伝達」―「です」「ね」

 

学問的には「認識」を「命題/叙述内容」、「判断・態度」を「対事モダリティ」、「伝達」を「対人モダリティ」などと呼ぶのが一般的です。しかしその内容は「認識」「判断・態度」「伝達」と同じことです。

【心の日本語文法〈演習編〉】

(サンプル原稿)