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Case Study:英日翻訳(1)決算リリースの英日翻訳

 

以下の英語を日本語に翻訳するには、具体的にどのような手順を踏めばよいのだろうか。

Company X reported results for the second quarter. Sales increased 10% to $3.3 billion. Operating income increased 4.5% to $231 million. Net income was $142 million. During the quarter, the Company produced $282 million in cash flow from operation and invested $143 million in capital expenditure, of which $85 million related to new stores. This resulted in free cash flow of $139 million.

 

では、やってみよう。手順は次のとおりだ。

<ステップ1>

まず、全文を読む。この原文は短くてやさしいので、とても簡単。

<ステップ2>

次に(実際には読みと同時並行的にだが)訳出のグランドデザインを決める。読み手は誰か、目的は何か、翻訳はどの程度の難度か、どのような手法でやっていけばよいか、などだ。

 

これは財務広報のプレスリリースであるから、読み手は主に経済ジャーナリスト、目的はいわずとしれた決算情報を提供、難度としてはやさしいと判断する。

 

翻訳方法としてはオーソドックスに前から順番に処理していく方法とし、あまり練る作業をせずに一度か二度読んで内容を理解したらどんどんと同時翻訳的に訳していくとも決める。

 

財務広報の内容なので読み手は少なくともビジネス関係者だから文体的な方向性もすぐに決まる。

 

ここまで5分はかからないだろう。原文がもっと複雑だったり、知らない表現が出てきたりすると、こんなに簡単にはいかないものだが。

<ステップ3>

今回は簡単な練習問題なので、ここからすぐに翻訳作業に入ろう。原文を1センテンスずつ訳していく。

まずCompany X reported results for the second quarter.を訳す。訳す手順は以下の通り。

(1) 「思考の基本単位」への分割

センテンスを訳す時に最初におこなう作業は、「思考の基本単位」への分割をするかどうかを決めること。このセンテンスは1センテンスがひとつの「思考の基本単位」と考えてよいので、分割はしない。

(2)トピック決め

次にする作業は、トピックを決めること。ここでの候補は、「X社(は)」がオーソドックスだが、そのほかにも「X社の第2四半期の業績(は)」「X社の発表(は)」など他にもさまざまなものが考えられる。

 

英文和訳では英語原文の主語がイコールトピックだと決め込んでしまって他の可能性を検討しないが、それは駄目。さまざまな可能性を検討するのが成瀬式である。

また「ゼロトピック文」(無題文)という可能性が考えられることに注意が必要だ(じつはこの文がそう)。命題のなかにはトピックが必ずあるものだが、そのトピックが文のなかには表されないというかたちだ。

(3)コメント決め

トピックが決まったら、次にコメントを決める。ここでは「X社(は)」というオーソドックスなトピックに対しては「第2四半期の業績を発表した」というコメントが考えられる。

 

ここでは(あとにみる訳文で)forが「の」になっており、すでに英文和訳的な一対一対応からずれていることに注意。「X社の第2四半期の業績(は)」というトピックに対しては「以下のとおりだった」、「X社の発表(は)」に対しては「第2四半期の業績に関するものだった」などが考えられる。

さらに、「ゼロトピック文」(無題文)のコメントのかたちもここで考えておこう。たとえば、「(この決算リリースでは)」をゼロトピックとするコメントには「X社の第2四半期業績が発表された」というかたちが考えられる。このように、ゼロトピック文では英語の能動態に対して「Xが~された」というかたちがうまく対応することが多い。受動態=「される」の訳出技法が欠陥品であることのひとつの証拠だ。

(4)文としての検討

このトピック・コメントを組み合わせて一文として比較検討する。候補としては、たとえばだが、以下のものが考えられる。

A X社は第2四半期の業績を発表した。

B X社の第2四半期の業績は以下のとおりだった。

C 今回のX社の発表は第2四半期の業績に関するものだった。

これにゼロトピック文も加えよう。

D X社の第2四半期業績が発表された。

E X社が第2四半期の業績を発表した。

さて、このうちのどれを選ぶかだが、ここではAの「X社は第2四半期の業績を発表した」を選ぶことにする。そのほかのものが使えないということではなく、想定している読者、目的などから勘案してのことである。

 

これで最初のセンテンスの訳が終わる。この作業にかかる時間はすべてあわせても数分もかからないはず。良い訳文をつくりだす最大のコツは、できるだけたくさんの選択肢を作り出すこと。選択肢の数が多ければ多いほど訳文のクオリティが上がる可能性が高いのは理の当然。

☆☆☆

第2センテンス、Sales increased 10% to $3.3 billion.の訳出に移ろう。訳出の手順は第1センテンスと同じ。「思考の基本単位」への分割→トピック決め→コメント決め→文としての検討の順。

まず「思考の基本単位」への分割だが、第1センテンスと同じく必要なし。すぐにトピック決めに。第一候補は「売上高(は)」。直観的に考えてほぼこれで決まりだが、それでも他の選択候補も常に考えておく癖をつけよう。ここではSales increasedをトピック扱いとして「売上高の増加(は)」という候補が考えられる。このように、SVまでをトピックとして捉える方法は極めて一般的。

次がトピック決め。increased 10% to $3.3 billionを「10%増えて33億ドルとなった」とするのが自然だろう。「売上高の増加(は)」に対しては「10%で総額は33億ドル」。

最後に文としての検討をおこなう。選択肢は「売上高は10%増えて33億ドルとなった」「売上高の増加は10%で総額は33億ドル」。ここでは前者を選ぶことにする。

☆☆☆

第3センテンス、Operating income increased 4.5% to $231 million.の作成プロセスは、第2センテンスと同じ。最終的な訳文は

 

営業利益は4.5%増えて231億ドルとなった。

第4センテンス、Net income was $142 million.は

純利益は1億4200万ドルだった。

 

で決まり。

☆☆☆

では、第5センテンス、During the quarter, the Company produced $282 million in cash flow from operation and invested $143 million in capital expenditure, of which $85 million related to new stores.を検討しよう。これはこれまでのセンテンスとは異なり、3つの「思考の基本単位」から構成される分子命題なので、処理がかなり複雑になる。

では、手順通りにやってみよう。

まず「思考の基本単位」への分割だが、このセンテンスは分子命題であるから、原子命題に戻すべく、以下のような「思考の基本単位」への分割が必要となる。

During the quarter,

①the Company produced $282 million in cash flow from operation

and

②invested $143 million in capital expenditure,

③of which $85 million related to new stores.

 

During the quarterはセンテンス全体にかかるModifierとしてここでは別建てにする(実際のところ訳さない)。

 

原子命題としては①、②、③の3つだが、階層の差があることに注意。①と②は並列だが、③は②に対するサブコメントで、①とは無関係。ここが後で適切な処理が必要になってくるところ。

「思考の基本単位」への分割のあと、これも手順通りにトピック決めを行う。

まず、①のthe Company produced $282 million in cash flow from operationのトピック決めから行う。英文和訳的にはthe Company→「X社(は)」となるが、別の選択肢として、in cash flow from operationを「営業キャッシュフロー(は)」とトピック扱いすることが可能である。

そして手順通り、次にこの2つのトピックに対するコメントを考えると、

produced $282 million in cash flow from operation

A 営業キャッシュフローとして2億8200万ドルを生み出した。

B 2億8200万ドルだった。

になる。

最後に文として検討する。候補は以下の2つ。

A X社は営業キャッシュフローとして2億8200万ドルを生み出した。

B 営業キャッシュフローは2億8200万ドルだった。

Bのほうがだんぜん良い。Aのように「当社は」と、わざわざいう必要はない。当社のことに決まっているのだから。日本語では書き手も読み手もよくわかっているトピックについては表現しないという決まりごとがある。だからここで「X社は」と書くと、そこには強調の意味が含まれてしまう。「(ほかの会社ではなく)X社は」というニュアンスだ。

 

しかし原文の英語には、そうしたニュアンスはない。英語では、書き手も読み手もよくわかっているトピックであってもセンテンスには主語を必ず置かなければならないという縛りがあるために、そのトピックを必ず表現しなければならないという縛りがあるからだ。この日英の言語構造の違いにより、例え英語の主語がthe Companyであっても、対応する日本語ではそれをトピック扱い(「~は」)はしないという訳出が成立する。

次に、②の(the Company) invested $143 million in capital expenditure, の訳出作業に入る。手順は同じ。その結果としては「資本支出は1億4300万ドルだった」となる。

次に、③のof which $85 million related to new storesを訳出する。まずトピックだが、ここで覚えておくべきは、こうしたサブコメントに関しては「ゼロトピック」が最もふさわしいということだ。なぜならサブコメントのトピックはメインコメントのトピックと同じなので「同じ内容は表現しない」という日本語の特性からしてゼロトピックになるのが普通。ここでは、次のようなかたちが考えられる。

そのうち8500万ドルが新規店舗に関連する支出だった。

ただ「新規店舗に関連する支出」を新たなトピックとして扱って

 

そのうち新規店舗に関連する支出は8500万ドルだった。

 

とすることも可能である。

ここまでみてきた第5センテンスの原子命題の訳文をすべて並べると、次のようになる。

①営業キャッシュフローは2億8200万ドルだった。

②資本支出は1億4300万ドルだった

③そのうち8500万ドルが新規店舗に関連する支出だった。

②と③の2命題はメインとサブの関係なので、一文につなげるようがよい。そうすると次のようになる。

営業キャッシュフローは2億8200万ドルだった。

資本支出は1億4300万ドルで、そのうち8500万ドルが新規店舗に関連する支出だった。

「思考の基本単位」に分割した訳でよくある間違いは、この命題間のメイン・サブ関係を間違えて、次のように訳してしまうケースである。

営業キャッシュフローは2億8200万ドルで、資本支出は1億4300万ドルだったそのうち8500万ドルが新規店舗に関連する支出だった。

これだと「そのうち」の「その」が何を指すのかが不明になってしまう。原子命題間のメイン・サブ関係には常に気をつけなければならない。

☆☆☆

最後のセンテンスThis resulted in free cash flow of $139 million.の訳出に移ろう。まず「思考の基本単位」への分割の必要はない。

 

次にトピック決めだが、Thisをトピックとして「これ(は)」とするのが不適切であるのは一目瞭然だろう。適切なトピックはこれまでの流れからしてもfree cash flow→「フリーキャッシュッシュフロー(は)」のかたちだろう。コメントは$139 million。したがって訳文は

 

以上のことからフリーキャッシュッシュフローは1億3900万ドルとなった。

 

This resulted inが「以上のことから」にあたる。

訳文を並べてみると、次のようになる。

X社は第2四半期の業績を発表した。売上高は10%増えて33億ドルとなった。営業利益は4.5%増えて231億ドルとなった。純利益は1億4200万ドルだった。営業キャッシュフローは2億8200万ドルだった。資本支出は1億4300万ドルで、そのうち8500万ドルが新規店舗に関連する支出だった。以上のことからフリーキャッシュッシュフローは1億3900万ドルとなった。

トピックが文ごとにスムーズ移動していくのがわかる。これなら読みやすいだろう。ただ現時点ではまだ命題レベルでの検討が終わったところであって、その他の要素(情報構造、モダリティ、文体、社会的要件、個人的要件)は検討しておらず、当然ながら最終訳文ではない。

☆☆☆

では命題以外の要件の検討に移ろう。

 

まず情報構造である。情報構造では、

 

トピック・コメントの整合性、

新情報・旧情報の区別、

情報の焦点・重みのあり方、

論理性を含む情報同士の結合性、

 

などといった観点からの検討が必要だ。

今回のケースでは、そうした情報構造での大きな問題点というのは特に見当たらない。敢えて言えば「売上高、10%増、33億ドル」「営業利益、4.5%増、231億ドル」で、増加と総数とのどちらを情報としての重い(重要である)のかという点を考察する必要がある。

英語では、情報の重みや焦点はセンテンスの最後に置くという特性がある。End weight, End focusなどと呼ばれている。Sales increased 10% to $3.3 billion.であれば、to $3.3 billionが重い情報で、10%のほうがそれより軽いということになる。

 

問題は、その英語に対応する日本語のほうだが、SOV構文で文末決定性という絶対的な縛りを持つ日本語の文には、英語のセンテンスのようなEnd weight, End focusといった特性は特にない。

 

従って「売上高は10%増加して33億ドルだった」の代わりに「売上高は33億ドルで10%の増加だった」「売上高は33億ドル(10%増)だった」としてもかまわないが、しかし他の要件からの要請がないかぎり敢えてそうする必要性もないわけであるから、ここでは「売上高は10%増加して33億ドルだった」のままでよいだろう。

次はモダリティの検討だが、このような決算報告の文書にモダリティ的な要素が出てくることはほとんどない。「売上高はおそらく10%増加して33億ドルだったのだろう」などと書かれてはアナリストもたまったものではない。ここではモダリティを検討する必要性はないだろう。

次は文体であるが、文体の検討のポイントとしては、

無駄の排除、

センテンスの長さ/複雑さ、

丁寧度、漢語・和語の使い分け、

名詞化、受動態化、

 

などが考えられる。ここでは、無駄の排除を考えてみる。こうした文章は簡潔すぎるぐらいでよい。

☆☆☆

無駄な部分を出来るだけカットすると以下のようになる。今回は、これをとりあえず最終訳文だと考えることにする。

X社は第2四半期業績を発表した。売上高は10%増の33億ドル、営業利益は4.5%増の231億ドル、純利益は1億4200万ドル、営業キャッシュフローは2億8200万ドルだった。資本支出は1億4300万ドルで、うち8500万ドルが新規店舗関連。フリーキャッシュッシュフローは1億3900万ドルとなった。

いかがだろうか。では、以下の英文和訳と比べてみよう。

X社は第2四半期の業績を発表した。売上高は33億ドルへと10%増加した。営業利益は2億8200万ドルへと4.5%増加した。純利益は1億4200万ドルだった。当期のあいだ同社は営業キャッシュフローにおいて2億8200万ドルを生み出し、資本支出において1億4300万ドルを投資し、そのうちの8500万ドルが新規店舗に関係したものだった。この結果、1億3900万ドルのフリーキャッシュフローとなった。

思考の基本単位のみのセンテンスが並ぶ前半部分については、少し工夫すれば英文和訳でもなんとかなりそうな感もあるが、分子命題が入ってくる後半では、英文和訳ではよい日本語はとてもつくれそうにない。英文和訳はトピック・コメントという日本語にとって最も重要な観点を無視し、命題以外の要件もほぼ無視しているのであるから、この結果は当然である。

☆☆☆

ここで検討した英文は非常に簡単な構造のものであり、実際の英文は一般的に更に複雑さが増す――つまり「思考の複合単位」化したセンテンスの多い文章となる。

 

そうなると、英文和訳という原始的な訳出手法だけではよい日本語をつくることは非常に困難と言わざるを得ない。一方、ここで紹介した「心の翻訳」モデルの訳出手法を使えば、そうした複雑な文章であっても手順通りに処理することができる。この「手順通り」というところが重要であり、手順通りであるからこそ、訓練さえ積めば、誰でもこの訳出手法を使いこなすことが可能だということである。

翻訳に「暗黙知」のような部分があることは確かである。実際のところ、優れた翻訳者であればあるほど、手順通りには翻訳をおこなっていない部分がある。その場その場にあわせて融通無碍に訳出をしていくのが、優れた翻訳者の共通の資質ともいえる。

 

だが、そうした一部の人間だけが長い時間を通じて習得できる「暗黙知」に頼らずとも、高い品質の翻訳を生み出すことは可能である。けれどもそれは英文和訳という手法では達成はできない。そしてそれを達成できるようにするのが、ここに紹介した新しい翻訳手法である。ぜひ多くの方に習得していただき、よりよい翻訳を行っていただきたいと考えている。