2017年マンガ大賞をとった「響」が面白い

2017年マンガ大賞をとった作品「響」。8巻まで一気に読んだが、非常に面白かった。純文学の世界に突然出現した天才(15歳の鮎喰響)と既存文学者/世間一般との出会いというストーリー仕立て。主人公の響きは自分と自分が信じるものを守るためには何に対してもすべて「いのちがけ」で対応する。その対応のあり方そのものが世間の「常識」とは本質的に異なっている。読んでいて坂口安吾の「いのちがけ」という短編(フランシスコ・ザビエルと日本の当時の世俗化した仏教との出会いを描いたもの)のことを思い出した。 私自身は響に共感する。響きの世界に土足で入ってこようとする人間たちを響は決して許さず、暴力を使ってでも闘い抜く。それはつねに「いのちがけ」であり、社会というジャングルの中で一匹の野生動物が生き抜こうとしている姿に重なる。 興味深いのはアマゾンの書評で星5つ36%、星1つが34%と評価が真っ二つに分かれていること。好きな人は大好きだが嫌いな人は大嫌いということであり、こういう作品こそ読む価値あり。お勧めです。

心ある翻訳者諸君、なぜ君たちはもっと怒らないのか。

「自分が本当に分かっていないことを決して訳してはいけない」「自分がよくないと思う日本語を決してつくってはいけない」は翻訳における2大規律である。サイマル翻訳講座にやってきた受講生たちはこのことを徹底的に教え込まれる。この規律を守るために彼らは徹底的にリサーチをおこない、何度でも何度でも訳文を練り直す。 こうした膨大な作業のうえに完成した訳文を、一部の翻訳業者たちは機械翻訳が垂れ流す「日本語もどき」と一緒のものとして扱っている。こんなことが許されてよいはずがない。このままでは「人間もどき」たちに我々の世界を支配されてしまうことになる。心ある翻訳者諸君、なぜ君たちはもっと怒らないのか。

日本文明にとって翻訳とは価値創造の営みである。

このところ欧米で盛んになってきたTranslation Studiesでは、翻訳の目標を「原文を出来る限り忠実に訳文に写しとること」だとしている。最良の翻訳とは最良のコピーである、という考え方だ。 この考え方には、聖書の翻訳という文化的背景がある。聖書の言葉は神の言葉であるから、その御言葉を世界のすべての言葉で出来る限り忠実に再現することが宣教師たちの使命であった。そしてそれが現在の西欧での翻訳の原点となっている。 現在の日本の翻訳学研究はそうした西欧の翻訳の原点を深く考察することもなく、いま西欧で生じている学問の動きだけを輸入して日本における翻訳を論じている。日本に連綿として続いている輸入学問の典型であるが、それが翻訳という輸入学問の基盤でも生じているのである。Translation Studiesを「翻訳学」(「翻訳研究」としないのはエラそうでないから)と訳し、equivalenceを「等価性」などと訳してそれでコト足れりと考えているところなどは、悲劇的であるだけではなく喜劇的でもある。 日本文明にとって翻訳とは単なるコピー行為ではない。断じてない。日本文明とは翻訳によって創りあげられてきた文明なのだ。日本語人は翻訳を通じて新たな価値を生み出し、それによって独自の高度文明を築き上げてきた。それは世界の歴史のなかでも他に類を見ない独自の営みであった。 日本文明にとって翻訳とは価値創造の営みである。原文作者と翻訳者と読者とが一体となってそれまでにはない新しい価値を生み出していくこと――それが日本語人にとっての真の「翻訳」である。それは神の言葉を忠実に写し取ることを原点とする西欧

翻訳とは他者の心に深く思いをはせる営みである。人への「思いやり」こそが翻訳の原点だ。

翻訳とは他者の心に深く思いをはせる営みである。他者への「思いやり」こそが人間の原点であり翻訳の原点だ。だが機械翻訳の基盤である情報処理アプローチは人間の心を一種のコンピューターと捉え、コンピューターにも通用する記号処理系を用いて人間の心の心的過程を説明しようとする。ゆえに機械翻訳では他者への思いやりを処理できない。原作者の心に寄り添うことが本質的にできない。機械翻訳は私のいうところの翻訳ではない。翻訳「もどき」である。 現在認知科学の分野で最も活発に研究されている領域のひとつに「心の理論」(The Theory of Mind)という仮説がある。「心の“理論”」とあるが、実際には他者の心を類推して理解する能力、つまり「思いやり」のことである。じつは私たちは他者の心を類推して理解する能力を生まれつき持っているわけではない。その能力は4-5歳になってから初めて獲得できることがこれまでの研究から分かっている。私たちは4-5歳になって初めて「人」になるのである。もし「心の理論」(他人を思いやる能力)を習得できなければ私たちは人になれない。ゆえに機械翻訳は人の翻訳者の代わりにはならない。 他者の心に思いをはせる必要のない「翻訳」もあり得るとの意見があるのかもしれない。そう考える人たちは私からみれば人間として成長しきれていない。そういう人たちが平気で「法律を破らなければ基本的に何をしても構わない」などと思うのだろう。人と人との関係性を、社会でのさまざまな営みを「クールに」「客観的に」「科学的に」考えるのだろう。人の心がわからない人間に翻訳者を名乗る資格はない。。

「ラ・マンチャの男」

以下に紹介する「ラ・マンチャの男」は、いまから10数年前に私(成瀬)が書いたエッセイである。あのようにしてドン・キホーテに(夢の中で)出会った私にも、わが麗しのドゥルシネーア姫(翻訳のこと)を魔の手からお守りするべく長き旅路に出るべき時が、遂にやってきたようである。自分の属する業界全体、いや社会全体の大きな流れさえをも敵にまわして闘おうというのだから、ドン・キホーテと同じく、私もまた正気を失っているのかも知れない。だが、かの誇り高きラ・マンチャの男と同じく、私もまた一人の騎士としての誇りは失っていないつもりだ。 ☆☆☆ ラ・マンチャの男 ツルゲーネフは、近代人の典型としてハムレットとともに、ドン・キホーテの名を挙げた。ドストエフスキーは、ドン・キホーテについて「人間の魂の最も深い、最も不思議な一面が、ここに見事にえぐり出されている」と評した。 梅雨時の寝苦しい夜のこと、私は浅い眠りへと落ちていった。すると、突如として私は、広い平原にただ一人たたずんでいた。どうやら、ここは、スペイン南部のラ・マンチャ地方らしい。いや、よくわからないのだが、きっと、そうにちがいない。 ときは夕暮れ。大きく真っ赤な太陽が西の地平線へと沈もうとしている。すると、その赤く染まった地平線から、一人の男を乗せた馬がゆっくりと私のほうへ向かってくる。その横には一人の小男を乗せたロバもいる。おお、あれこそは、わがドン・キホーテとその愛馬ロシナンテ、そして従者サンチョ・パンサではないか! ドン・キホーテのほうも、平原に一人立ち尽くしている私にどうやら気がついたようである。愛馬ロシナンテの歩みを止めると、錆び付いた

日経記事「正義が物言う経済政策」について

今日(2017/12/21)の日経の記事「正義が物言う経済政策」が非常に面白い。Financial Timesのチーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーターのギデオン・ラックマンの主張だ。一部を抜粋する。 「経済学は道徳哲学の一部だ。あるいは、そうあるべきだ。(略)しかし金融危機以降、(トランプ米大統領と彼の支持派がよく使う言葉で言うところの)「グローバリスト」たちは、道徳的な議論で説得力を失い始めた。金融危機で多くの人が生活水準の低迷を余儀なくされる一方、いくつもの銀行が救済されたという事実は、多くの有権者にはあまりにも自然の正義に反するものであり、怒りを招いた。欠陥を抱えた金融システムのトップに座っていた者たちの誰も刑務所に送られることはなかった。そうした状況が、「システムが不正に操られている」と主張するトランプ氏のような政治家たちの台頭を許した。」 アダム・スミスにしてもカール・マルクスにしても、その経済思想は道徳哲学を基盤にしてつくりだされた。本来、経済は倫理的でなければならない。だがそのことを、2008年の金融危機以降において、欧米の政治家たちは人々に示すことができなくなってしまった。善人たちが苦しむなか、その苦しみを作り出した張本人たちが何も罰せられることがなかったのだ。 ラックマンは次のようにしめくくる。 「現世代の欧米の政治家はみな、「経済こそが問題だ。当たり前じゃないか」という、かつてビル・クリントン氏が1992年の米大統領選挙で掲げたスローガンと共に育ち、その言葉が頭のなかで鳴り響いている。だが、今の政治では「経済」は成長だけの問題ではない。正義の問題で

日本語文法の本をご紹介

今回は日本語の文法書のご紹介をする。英文法と同様に日本語文法にも様々な文法モデルがあるということについては私の書いた『心の日本語文法』をご覧いただきたいが、今回の紹介ではそうした枠を取り払って、私が読むに値すると考える日本語文法書をレベル別にご紹介する。 【初級者向け】 『日本人のための日本語文法入門』(原沢伊都夫、講談社現代新書) 最初に読むべき日本語文法書。原沢さんは現役日本語教師であり「日本語文法」モデルに沿って論が展開されている。誰にもよくわかる書きっぷりで内容的にも優れている。 『日本語に主語はいらない』(金谷武洋、講談社選書メチエ) 金谷さんはカナダのケベック在住の日本語教師の方。主語論争での一方の旗頭であり、三上章の業績の再評価にも大きく貢献された。本書はその内容も卓越したものとなっている。 『新しい日本語学入門』(庵功雄、スリーエーブック) 庵さんは日本語文法学者。「日本語文法」モデルが学者としての観点からうまくまとめられている。 【中級者向け】 『現代日本語文法』(小池清治、ちくま学芸文庫) 小池さんは文法だけではなく日本語全体に対する知識が非常に深い方。学者としては国文法の流れを汲む文法論を展開。中級者以上であればきっと非常に面白く読めるはず。 『日本語概説』(渡辺実、岩波書店) 渡辺さんは日本語研究の世界にそびえ立つ巨峰の一人。この本は一般書として書かれているので非常に読みやすく、文法だけではなく日本語全般について多くのことを学べる。 『日本文法学の系譜』(山田潔、昭和女子大) 山田さんは国文法の流れを汲む国語研究者。この本は明治以降の日本語文法界の巨峰で

機械翻訳研究者は翻訳を「なめて」いる

機械翻訳の議論で最も腹立たしいことのひとつは、機械翻訳研究を進める理系の研究者たちが、翻訳というものを「なめている」ということである。そして、そのようにしてなめられているにも関わらず、JTFを筆頭にそれに対して翻訳者側がなんら抵抗をしないことである。 機械翻訳研究者の論文を少しでも目を通すと、彼らが翻訳研究を人工知能研究(アルゴリズム開発やビッグデータ研究)の応用だと捉えていることがすぐに分かる。そしてその研究の前提としている翻訳モデルが「英文和訳+編集」モデルであることも一目瞭然である。 「英文和訳+編集」モデルは欠点だらけの翻訳モデルである。「英文和訳+編集」モデルを使っているかぎり翻訳は良くならないというのは、心ある翻訳研究者のあいだでは常識である。そして1970年代から今日まで数多くの翻訳研究者(柳父章、安西徹雄、別宮貞徳、山岡洋一、柴田耕太郎、他)が、なんとかしてその弊害から抜け出そうとして懸命に努力を重ねてきた。 だが、ほとんどの機械翻訳研究者はそうした背景など何も考慮せず、単に人工知能研究の一手段として翻訳というものを捉えて、「英文和訳+編集」モデルをベースにして「翻訳研究」を行っている。プレエディット、ポストエディットという名のもとに編集作業だけを切り離すことができると安易に考えているのは、そのためである。彼らは、翻訳において単なる情報処理だけではすまない領域については切り捨てようとする。その部分は情報工学的な処理ができないからである。ようするに、翻訳を「なめて」いるのである。 だが「英文和訳+編集」モデルだけが翻訳モデルなのでは、決してない。たとえば、私のつく

機械翻訳は翻訳ではない。「翻訳もどき」である。「翻訳の標準化」とは人間を人間として扱わないことである。

サイマル・アカデミーの翻訳クラスの講師となってから4年たった2006年の秋に、私はサイマル・アカデミー産業翻訳クラスの受講生のために「翻訳講座事始」という60ページほどの小さな冊子をつくった。今から11年前のことだ。 内容は言葉、翻訳、翻訳者、産業翻訳などについて私の考えをまとめたものであるが、その中に現在JTFなどが進めている「機械翻訳」「標準化」などの潮流に関するコメントもあるので、その部分を以下に抜粋しておく。私の考えは11年前もいまも変わらない。一言でいえば機械翻訳は翻訳ではない。「翻訳もどき」である。「翻訳の標準化」とは人間を人間として扱わないことである。なお、「翻訳講座事始」についてはウェブサイト上で全文を公開しているので(https://sites.google.com/site/honyakukouzadouchuki/)、ご興味のある方はご覧いただきだい。 ☆☆☆ (以下、『翻訳講座事始』より抜粋) 翻訳文は造花ではない。生きた本物の花でなければならない。豊かな生命感にあふれ、かぐわしい香りを放つ、サクラでありバラでなければならないのである。翻訳という仕事は、英語の花に似せた日本語の造花をつくりだすことでは決してない。もとの花とたいへんよく似てはいるが、しかし正真正銘の日本語の花をつくりだしていくことが、翻訳という営みの本質である。 こうしたことをいうと、それは文学などの翻訳の話であって産業翻訳とは関係がないのではないかという意見がよくある。そんなことはない。政治であれ法律であれビジネスであれ、言葉はつねに生きていなければならない。つくりものでよしとした途端、

いまの翻訳業界は腹を括らなければならない状況にある

翻訳業界に対するこのところの私の辛辣なコメントを快く思っていない人は多いことだろう。成瀬さんがついにおかしくなったと思っている人もいるのかもしれない。 私はおかしくはなっていない。ただ、腹は決めた。これからは本音を臆することなく発信していこうと。それで討死をするならばもう仕方がないと。いまの翻訳業界はそのように腹を括らなければならない状況にある。このままであれば本当の翻訳者はまず絶対に生き残れない。 いま翻訳会社は自分自身の生き残りに必死だ。生き残るためには大半の翻訳会社が機械翻訳を利用するようになりISO等の導入を進めることだろう。人間翻訳者にかかるコストについては極力抑える方向へと更なる努力を重ねることだろう。それが生き残るための最良の手段であり顧客のためでもあるとの理屈のもとに。 すなわち翻訳者にとって翻訳会社は運命共同体ではなくなったのだ。その現実を私たち翻訳者は受け入れなければならない。そして自分を守ることができるのは自分だけであることを肝に銘じなければならない。 翻訳は人間がするべきものである。翻訳とは言葉と言葉とをつなぐものではなく心と心とをつなぐ営みだからである。機械には言葉と言葉をつなぐことはできても心と心をつなぐことはできない。それができるのは、ただ人間だけだ。 心だの人間だとのなんともナイーブなことよと鼻先で笑うのならば笑えばいい。相手にする必要などないと思うのならばそうすればいい。だが私は私で言うべきことをこれからも言わせてもらうことにする。言うべきことを言わずしてただ座して翻訳者としての死を待つのはいやだ。私は闘う。

サイマルで「翻訳者のための日本語文法」を開講します。

サイマル・アカデミー春期プログラムで「翻訳者のための日本語文法」(8時間)を開講します。パンフレットの案内文は以下のとおり。 「これまでの翻訳通訳の学習で見過ごされてきたのが、日本語文法の学習です。英文法の学習は積み重ねてきていても、日本語の構造や表現方法についてはほとんど学んできていないという翻訳・通訳学習者は、とても多いのではないでしょうか。でも、考えてみてください。母語である日本語のことをよく知らないで、はたしてよい翻訳者や通訳者になれるのでしょうか。 このクラスでは、日本人が日本語を使ってどのように世界を認識し、どのように思考をまとめ、どのように日本語として表現するのかについて、英語の世界と対比しながら学んでいきます。日英対照の視点から言語構造を学ぶことで、日本語と英語のあいだを更に自由に往来できるようになります。 」 きちんとした日本語文法を普及させるという意味からも、当方としてはぜひ数多くの人に学んでいただきたい一押し講座です。詳しくは以下のサイトまで。 https://www.simulacademy.com/schedule/ent02_details2.html

サイマルでの翻訳講座のご紹介

以下、『稼げる産業翻訳者になる!新版 翻訳力を鍛える本』という雑誌の記事広告関連で取材を受けたとき、出版社側からの事前質問に対して送り返した回答です。プロフェッショナル翻訳者として経済金融財務分野での本物の力を更に磨きたいとお考えの方には、この講座以外に選択肢はありません。 ①ご担当されている講座の特徴および授業内容、学習目標について簡単にご説明ください。 担当講座:翻訳トライアル、翻訳準備科、産業翻訳英日翻訳基礎科、本科 【講座の特徴】 「翻訳」を、単なる小手先の言語技術や職業手段とみなすのではなく、人間の心と心をつなぐ「人間探求」「社会探求」のための方法とみなして取り組んでいる。 「心の翻訳モデル」「心の英文法」「心の日本語文法」「心の英作文」という独自に確立した翻訳論、言語論をベースに指導をおこなっている。英文和訳・和文英訳及びその派生形といった旧来の翻訳モデルについては、非常に狭い社会ニーズに対応する「心の翻訳モデル」のひとつの特殊形態とみなしており、真の翻訳力の習得の最大の阻害要因として取り扱っている。 プロ翻訳者に必要な要件としては、(1)日本語・英語の最高水準の知識と運用力、(2)それぞれの領域の専門家に匹敵する水準の知識、(3)1と2で述べた意味での「翻訳」力及びその実践力の3つの領域において、そのすべてに卓越した能力が必要不可欠であるとの基本認識から、それらを総合的に獲得できる学習シラバス及びプログラムを組んでいる。 経済・金融・財務分野の知識を広く深く習得するために、各分野での最先端で最高水準のテキストを教材として使用している。また本科では、実際の翻訳ジョブ

「心の日英翻訳」の手順について

日本語人は日本語を基盤にしてものごとを認識し、思考を組み立て、言語として表現しています。したがって日本語人が日本語でつくる文章を書くときには、「心の翻訳」モデルでいうところの「心の日本語文法」を使って文章をつくっています。 そのように「心の日本語文法」を基盤にしてつくられた日本語の文章を英語にすることが「心の日英翻訳」です。では、それはどのようにしておこなうべきなのでしょうか。 まず、「心の日本語文法」を十分に理解することが、第一です。それを理解できていないことは、自分がどのようにものごとを認識・思考し、それをどのように日本語として表現しているのかを理解できていないことです。これでは翻訳のスタートラインに立てません。 つぎに、「心の英文法」を十分に理解することです。従来の学校英文法は「英語」という言語を解説しているものであって、英語人が英語を基盤にしてどのようにものごとを認識し、思考を組み立て、言語として表現しているのかを解説するものではありません。したがって、それはここでいう「心の英文法」ではないのです。日英翻訳をする際にも、参考にすることはかまいませんが、それを基軸の道具として用いることは間違っています。基軸の道具とするべきは、ここでいうところの「心の英文法」です。 「心の日本語文法」と「心の英文法」を正しく理解したのち、日英翻訳の理論と技法のモデルを学び、それを用いて翻訳をおこないます。翻訳の理論と技法とは「原理」や「法則」ではなく「モデル」ですから、可能性としては、さまざまな理論・技法が考えられます。ちょうど経済学の理論と技法に、ケインズモデルと新古典派モデルがあるのと

「心の英作文」技法の完成に向けて

日本語人による日本語人のための英作文には、確固とした理念、明確な理論モデル、実践的な技法が必要である。 私の考案した「心の英作文」には確固とした理念がある(日本人としての国際英語の確立)。明確な理論モデルも完成されている(言葉ではなく心の働きを日英間でつなぐ)。現在の課題は実践的な技法の完成度にある。 理論に基づいた英作文のための種々の技法は既にできている。だがそれを実際の英作文の場で用いるケーススタディの数が(いくつかはあるものの)まだ十分ではない。そこが十分でないかぎり、ネイティブ信仰の厚い壁は打ち破れない。 現在サイマルでおこなっている財務日英翻訳コースは英作文技法のトレーニング方法確立に向けての重要な一歩になるだろう。これまで私の頭の中だけにあった数々の英作文技法が、具体的なかたちで受講生に提示されている。これならば間違いなくどこの現場で使えるというレベルに確実に近づいているのを感じる。こうした試みを今後も地道に増やしていくことで、どこかで大きなブレイクスルーがやってくるものだと信じている。

英語での英文法書のご紹介

以前に日本語の英文法書のご紹介をしたことがあるが、ここでは英語での英文法書のご紹介をする。もちろん何千冊、何万冊と出版されているであろう英語での英文法書のうちで私が目を通しているのはほんの十数冊に過ぎないが、その中でも紹介に値すると私が考える数冊をここで取り上げる。 Practical English Usage (Michael Swan, Oxford) 定番中の定番なので持っておくべきだが、ある意味では日本人英語学習者の規範信仰とネイティブ信仰の発信源のような本でもある。「英語いのち」の人以外には副作用が強すぎるため利用はお奨めできない。 A Student’s Grammar of the English Language (Sidney Greenbaum & Randolph Qurik, Longman) A Comprehensive Grammar of the English Languageという大著の縮約版。『現代英語文法〈大学編〉』という和訳が出ているが、原著のほうが良い。伝統文法とは一線を画した内容となっておりお奨めの一冊。 An Introduction to Functional Grammar (M.A.K Halliday, Arnold) Hallidayが作りだしたFunctional Grammarモデルの入門書。伝統文法とは本質的に異なる切り口で文法モデルを構築している。中級までの英語学習者にはちょっと敷居が高いかも知れないが、持っておいて損はない。『機能文法概説―ハリデー理論への誘い』という訳本が出ているが、これは翻訳が最悪なので読

翻訳者というのは本質的に労働者なのだ

財務翻訳コースの受講生のなかに今回(11/29)の翻訳祭のセッションの司会をされていた方がいた。お昼休みにお話を伺うと、その方が司会をされたセッションでは「機械翻訳とそのプレエディット/ポストエディット」というテーマで話がずんずんと進んだそうだ。「結局のところ、翻訳者としては、プレエディット、ポストエディットを仕事として受け入れるしかない状況になっているようです」というのが、その方のコメントだった。 プレエディット、ポストエディットは、そもそも翻訳ではない。エディット(編集)である。であるから、「翻訳者が、仕事としてそれを受け入れる」ということは、あり得ない。もしもそうした仕事をするのならば、それは「翻訳者ではなくなり、編集者として仕事を受け入れる」というべきである。翻訳者から編集者へと職業そのものを変えるということだ。 それでよいと思うのであれば、それでよいだろう。だが、長年培ってきた翻訳の技能を敢えて捨ててまで、なぜ編集者になろうとするのか。目先の仕事がただほしいだけであるのならば、その将来は間違いなく真っ暗である。 現在、私たちは第4次産業革命の時代の真っただ中に生きている。メディアなどはこの産業革命のことをまるでバラ色のように囃し立てているが、だまされてはいけない。第1次産業革命時のイギリス社会でのブルジョアジーによる搾取、そしてその搾取の餌食となった人々(労働者階層)の悲惨な人生を思い起こすべきだ。もちろん時代が違うのだから、当時と同様の生活の窮乏が起こるとはいわない。だが、その本質は同じである。 翻訳者というのは本質的に労働者なのだ。そして会社とは本質的に資本家であ

「人材育成へ英語教育強化 双葉町、子育て世帯の帰還促進」―ーなんという愚かな選択

「人材育成へ英語教育強化 双葉町、子育て世帯の帰還促進」 とのタイトルの福島民報の記事である。 URLは https://www.minpo.jp/news/detail/2017121047456 以下、一部抜粋する。 「双葉町教委は国際社会で活躍する人材の育成を図るため、小学生の英語教育を強化する。(略)町は特色ある教育に力を入れることで保護者の要望に応え、避難指示解除後の子育て世帯の帰還促進につなげる。(略)現在の学習指導要領は小学5、6年生の外国語活動の授業を年間35こま(1こま45分)と定めているが、双葉南・北小は45こまを確保している。学習指導要領に盛り込まれていない小学1~4年についても20こまの外国語活動を取り入れるなど、英語教育に力を入れている。」 なんという、愚かな選択なのだろう。百歩譲って、もしも町の復興のために「国際社会で活躍する人材の育成を図る」べく独自に学校教育を強化するならば、強化するべき教科とは、数学、サイエンス、そして国語に決まっているではないか。 小学校での「英語のお遊戯」の時間を増やすということは、その反動として、子供たちにとって最も大切な教科である数学、サイエンス、国語の時間を削らざるを得なくなる。これは「国際社会で活躍する人材の育成を図る」うえで、最もやってはいけないことだ。こんな当たり前のことが、なぜわからないのだろうか。

財務広報(IR)日英翻訳入門ワークショップ レジュメ (1)

財務広報資料には、どのようなものがあるのか 統合レポート、決算短信/決算補足資料/決算説明会資料、CSR報告書、他 財務広報(IR)日英翻訳には、どのようなチャンスがあるのか 日本の上場会社数:3,584社 財務翻訳関連会社:日本財務翻訳、宝印刷、プロネクサス、他 IR会社:アイアールジャパン、シェアドリサーチ、他 財務広報(IR)日英翻訳での翻訳の特徴は、どのようなものか 国際英語が通用する 日英での段落/パラグラフ、レイアウトが一対一対応することが多い (ある程度だが)定型的な表現が多い 一部領域では会計専門用語を利用 財務広報(IR)日英翻訳には、どのような翻訳スタイルが使えるのか 財務広報(IR)日英翻訳における訳出方法――「心の翻訳」モデル 財務広報(IR)の日英翻訳での案件モデル例 セブン&iホールディングス:統合レポート 資生堂:召集通知 財務広報(IR)の日英翻訳での日本語/英語モデル例 セブン&iホールディングス:統合レポートより抜粋 英文の学習要素 Subject決め 品詞変換 文体(プレイン/スタンダード/コンプレックス、ネイティブバリエーション、プロフェッショナルバリエーション) 受動態 語彙パラフレージング 接続表現 情報の階層化(SP+M) Modifierの内容/形式 Subjectの内容/形式 省略表現(図表、見出し) 定型表現 学習のストラテジー まずIRの基礎知識を習得 1社のIR資料を徹底的に学習する(セブン&iホールティングスは有力候補の1つ) 時間は300時間程度が目処 「自分の辞書」づくりを欠かさない 学習会をつくるのも有力 できるか

成瀬由紀雄の名を持つウエブサイト/ブログは10以上

じつは、成瀬由紀雄の名を持つウエブサイト/ブログは、「成瀬由紀雄の日本語・英語・翻訳教室」のほかに「成瀬由紀雄のサイト」「Japanese English Institute(JEI)」「新しい英語の学び方」「翻訳講座道中記」「翻訳コース講義録」「翻訳のつぼ」「成瀬エッセイ」「英語でプレゼンテーション」「日英翻訳1日1題」「ねこのユキオ」などなど、10個以上もある。その大半が、無料グーグルサイトとして立ち上げたもの。 その中での最大サイトが「成瀬由紀雄のサイト」で、こいつは1800ページぐらいある。普通の本のページ数にすると1万ページぐらいにはなるだろう。つくった自分自身もどこにどの情報があるのかわからないので、サイト検索でよく調べている。 ただなにしろウェブ構築知識がほぼゼロの私の手によるものだから、サイトとしての作り方が無茶苦茶。それでも全部合わせると立ち上げ以降に累計数十万件のアクセスがあるのにはびっくりだ。内容のダブリもけっこうあるので、今後はなんとかワンストップ化を図っていきたいと考えているのだが、はたして、いつになるのやら。

財務広報(IR)日英翻訳の特別プログラム

12/10(日)と12/17(日)にサイマルで財務広報(IR)日英翻訳の特別プログラム(計8時間)を実施します。IR日英翻訳は需要が急増していますのでフリー翻訳者としての活躍の場が広がります。サイマルプログラム以外に成瀬塾でもレッスンしますので、ご興味があればご連絡を。 サイマル・アカデミー特別プログラム 「財務広報(IR)日英翻訳ワークショップー入門編―」 財務広報(IR)領域での各種資料の英訳は、金融庁が大企業だけでなく、中小企業にも開示文書の英訳を後押ししているため、今後益々増加が見込まれます。資料の種類によっては、駆け出しの翻訳者の方も参入しやすく、分野・業界関係なく類似の資料も多いため、一度学習すれば色々な企業で応用できます。 ワークショップでは実際の企業のIR資料を使って表現や訳出方法を学習します。IR関連資料の日英翻訳をする上での基本的知識と手法を習得することで、実際の翻訳業務への足掛かりとしたい方、すぐに使える知識を習得したい方におすすめのワークショップです。

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