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成瀬塾通信 no.8

人は一生成長する

 

サイマル・アカデミー翻訳講座の講師になるまで、私は年をとることは人間の可能性をすり減らしていくものだと思っていた。だから30代や40代になってから新しいキャリア、それもプロ翻訳者という専門職を目指そうというのは、その人が単に無知なのか、あるいは翻訳という仕事を舐めているかのどちらかだとしか思えなかった。

 

そのため開講当初は、受講生の眼を覚まさせてまっとうな人生を歩んでもらうようにすることが、講師としての務めだと考えていた。「本当にプロ翻訳者になりたい人は、こうした講座にはきません。ここにきている時点で皆さんはプロ翻訳者になることは難しいと思います」などと授業中によくいっていたものである。

 

授業でも翻訳を教えることはほとんどしなかった。翻訳技法は人から教えられるものではなく自分で見つけ出すものであり、まわりが何かいうと逆に自分自身を失わせることにつながりかねないと考えていたからである。

 

だがこれは受講生側からみれば、ここにきているようでは翻訳者になれないと面と向かっていわれ、さらには授業でほとんど何も教えてもらえないということだから、まあ、詐欺みたいなものである。

 

ところがそうした授業をしていたにもかかわらず(あるいは、そうした授業をしていたからこそなのかもしれないが、そこのところがよくわからない)、この講座からは数十人のプロ翻訳者が育っている。そのうちの幾人かは、40をすぎてから翻訳の勉強をはじめた人たちである。人生のなかばに達してはじめて翻訳というものにふれ、そこからプロの道へと進みはじめたのである。翻訳は演劇や音楽と同様に一種のアートであるから、翻訳者は“見い出す”ものであって“育てる”ものではないと信じていた私にとって、これはまさしく想像外の出来事だった。

 

そうした経験を積み重ねるうちに、私の翻訳者養成に対する考え方、もっとおおげさにいえば人間の成長というものに対する見方が根底から変わっていった。年をとることは決して人間の可能性をすり減していくものではなく、やり方次第では人は何歳からでも伸び、そして一生成長しつづけることができる。そう本気で思いはじめたのである。

 

開講から16年がたって、その思いは確信に至っている。毎期さまざまな人が当講座にやってくるが、年齢や職業や経歴にかかわらず、みんな伸びる。伸びる程度は千差万別だが、ひとつだけ確実なことは、誰もが必ず伸びるということである。

 

サイマル翻訳講座はプロ翻訳者の養成講座であるから、受講生は翻訳のプロフェッショナルになることを目指してやってくる。しかし実際にプロ翻訳者になることは、それほど簡単なことではない。私はよく「桃栗三年、柿八年、翻訳者十年」というのだが、これはべつに誇張していっているのではない。すべからくプロフェッショナルというものはそういうものなのだ。大工だってコックだって会計士だって医者だってみな同じことである。

 

だがそれでもこれを読んでいる方にいいたいのは、事情の許すかぎり勉強をぜひ続けていただきたいということである。

 

誰もが簡単に何かのプロフェッショナルになれるわけではない。しかし勉強を続けることで間違いなく得るものがある。それはみずからが成長しつづけているという確かな実感である。年をとろうが、いまの生活がどうであろうが、人間は努力をするかぎり、いつまでも成長しつづけることができるのである。

 

そしてそのことが実感できることは、社会的なキャリアを得ること以上に人生にとって大切なことではないだろうか。

 

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