私ごときに英語を語る資格はあるのかといえば、それはない。

英語を生業とする身としての根源的な悩みは私ごときに英語を語る資格はあるのかということだ。そんな資格はないというのが若い頃からの変わらぬ結論である。

私は英語ネイティブのように英語が使える訳ではない。ただ自己流のやり方で英語を使っているに過ぎない。何年勉強しようともそれは変わらない。私にとって英語はしょせん外国語であってそれ以上ではない。そしてそんな中途半端な能力を誇るほど自分は愚かではないと思いたい。

しかし英語をメシの種としているかぎりは「そもそも英語とは」などと身の程知らずの発言をしなければならない時も多い。それはあまりに恥ずかしい所業なので普段はなんとか忘れようとしているが、ときには鏡に映る自分の姿を見てたらりたらりと油汗を流すガマのごとき心境に陥ることもある。ああ、なんという醜さだろう。

けれども年をとるというのは幸せなことで、この頃はそうした自分の醜さにも少しは慣れてきた。そして厚かましいことにそれでよいとも思いはじめた。日本人なんだからネイティブのように英語ができなくても当たり前じゃないか、それで何が悪い、という心境になってきたのである。

「よりよい日本人英語を育てる会」を立ち上げようと思った背景にはそうした心境の変化がある。それでもまだツラの皮がガマほどには厚くなっていないので、少しのためらいのようなものも残っているが、もう少し年をとればツラの皮もガマ並みになってくれるものと期待する。

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