「小さいが、まぎれもない場所を持つ」無名の人々、という生き方

渡辺京二の『気になる人』(晶文社)を読了した。熊本にいま住んでいる書店員、レストラン経営者、農家など、中央のマスコミには出ないが、自分のやりたいことを見つけてその実現に向けて黙々と取り組んでいる(帯の紹介文ふうにいえば)「小さいが、まぎれもない場所を持つ」無名の人々を、渡辺が訪ねてインタビューするという趣向の本である。

私もまた、「社会的成功」「自己実現」思考の価値観に毒されている人間のひとりだから、この本については九州の一地方に住んでいる無名の人たちへのインタビューということで、じつは最初はそれほど期待せずに読み始めた。

しかし違った。これは最近(つまりこの20年ぐらいに)読んだインタビュー本のなかでは、間違いなく最良の本のひとつである。

渡辺にインタビューを受けた人たちは、それぞれに自分で自分のやるべきことを見つけ、その実現に向けて長年にわたって黙々と仕事をこなし、そして小さいながらも自分の場所を確かにつくりあげている。有名になりたい、偉くなりたい、大金を稼ぎたい、といった、私たちの多くが陥りがちな浅薄な価値観に、彼らは捉われずに生きている。

熊本の無農薬ミカン農家であり画家である池田道明さんへのインタビューを読みながら私は、早く世に出たい、多くの人々に自分の仕事の価値を知ってもらいたいといつも願っている自分が、いかに間違った考え方をしているかを痛感した。無名に埋没して生きよという渡辺の言葉の本当の意味が、少しだがわかってきた気がする。

この本は、既存のメディアや教育から与えられたステレオタイプの「社会的成功」や「自己実現」を人生の目標としがちな私たちの多くにとって、本当の意味においてこれからを生きていくためのひとつの方向性を示してくれる本である。一読をお勧めする。

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