私たちが英語を学ぶということは、私たちが英語「について知る」ことではない。

英語が蝶々だとしよう。私たちが英語を学ぶということは、私たちが蝶々「について知る」ことではない。私たちが蝶々「になる」ことだ。蝶々になって空を自由に飛びまわることだ。

学校で教えられている英文法は、蝶々「について知る」ための理論である。蝶々の口はどのようなかたちであり、蝶々の目はどのような構造であり、蝶々の羽はどのように動くか、といったことが、そこでは説明されている。

だが、そうした知識をいくら習得したところで、私たち自身が蝶々になれるわけではない。せいぜい蝶々学者になれるぐらいのものだ。蝶々自身になりたいのであれば、蝶々になって自由に空を飛びたいのであれば、学校英文法は役に立たない。

蝶々自身になりたいのであれば、蝶々としての世界の見方を知らねばならない。蝶々としての思考のあり方に慣れなければならない。蝶々としてのからだの動かし方を習得しなければならない。

それらを会得するうえでは、蝶々としての世界の見方や思考のあり方やからだの動かし方のメカニズムをわかりやすく説明してくれる理論があれば、とても役に立つだろう。それが私のいうところの「心の英文法」である。

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