「非常に笑うべきことのようでもあるが、実は笑えない」話

「脱構築主義自体をとりましても、レヴィ=ストロースやフーコーはもう古くて、最先端はデリダなんだ、いやそうじゃなくてドゥルーズなんだといった具合に、どんどん最前線が移動している。こういう状況、西洋から絶えず新傾向―新潮流が入ってきて、それをいち早く自分のものにした若い奴が老人たちをバカにして葬り去っていくという状況は、やはり日本の学問が明治以来ずうっともってきた形、仕組みでありまして、まあ非常に笑うべきことのようでもありますが、実は笑えないんですね。日本の学問というものはやはりまだ百年にしかなりません。西洋的な知を取り入れてものを考え出してから百年にしかなりませんので、やはりどうしたって、ヨーロッパの新しい動向を先に取り入れた奴が勝ちだということが今でもあるわけです。」(『さらば、政治よ 旅の仲間へ』、渡辺京二、晶文社、pp.182-3)

このコメントは1980年になされたものだが、37年後の現在でもその状況はあまり変わっていないように見える。もちろん一部の学問領域では、こうした状況を乗り越える努力がなされてきているのだが、少なくとも私の仕事領域である翻訳研究と経済研究に関しては、いまでも「欧米の新しい動向を先に取り入れた奴が勝ち」というゲーム規則が厳然として存在する。そしてそれは「非常に笑うべきことのようでもありますが、実は笑えない」のである。

そのなかでも特に「笑えない」のが日本の翻訳研究である。Translation Studiesなるものが欧米で形をなしてきたのは30-40年前のこと。ちょうどこの文章が書かれた頃のことだ。それまで欧米の学問世界には「翻訳研究」と呼べるジャンルなどはなかった。それがEUの発展や英国のグローバル化などなどに背中を押されるかたちで、さらにはSusan Basnetなど何人かの研究者の個人的野望によってTranslation Studiesなるものを学問分野として確立させようという動きが活発化し、ついに西欧学問世界の片隅に一研究分野として翻訳が正式な研究対象として認知されたのである。

お笑い草なのは、こうした西洋での動きを受けるかたちで、日本でも即刻これに呼応するかたちで「翻訳学」なる学問分野の整備がはじまったことである。「欧米の新しい動向を先に取り入れた奴が勝ち」という日本的学問ゲーム規則がここでも確実に作動したということだ。そしてその研究のあり方が、西欧でつくられつつある翻訳理論をいち早く日本に導入することにあるのは理の当然であり、そしてそれが実際の日本語人の翻訳活動のためには何の役にも立たないこともまた理の当然である。

こうした「非常に笑うべきことのようでもありますが、実は笑えない」ことを、私たちはいつまで繰り返すのだろうか。近代日本の知性が滅びるまで、ということなのだろうか

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