© 2018 成瀬塾

January 7, 2019

Please reload

最新記事

30代以上の日本人なら誰もが知っている水戸黄門の決め文句。英語にすると、どうなるでしょう。

You! Control yourself! Take a good look at this insignia!

「ええい」は、You!。「お前たち!」のニュアンスです。

「静まれ」は、Be quiet.ではだめ...

「ええい、静まれ、静まれ。この紋所が、目に入らぬか!」

September 28, 2017

1/1
Please reload

特集記事

機械翻訳研究者は翻訳を「なめて」いる

December 20, 2017

機械翻訳の議論で最も腹立たしいことのひとつは、機械翻訳研究を進める理系の研究者たちが、翻訳というものを「なめている」ということである。そして、そのようにしてなめられているにも関わらず、JTFを筆頭にそれに対して翻訳者側がなんら抵抗をしないことである。

 

機械翻訳研究者の論文を少しでも目を通すと、彼らが翻訳研究を人工知能研究(アルゴリズム開発やビッグデータ研究)の応用だと捉えていることがすぐに分かる。そしてその研究の前提としている翻訳モデルが「英文和訳+編集」モデルであることも一目瞭然である。

 

「英文和訳+編集」モデルは欠点だらけの翻訳モデルである。「英文和訳+編集」モデルを使っているかぎり翻訳は良くならないというのは、心ある翻訳研究者のあいだでは常識である。そして1970年代から今日まで数多くの翻訳研究者(柳父章、安西徹雄、別宮貞徳、山岡洋一、柴田耕太郎、他)が、なんとかしてその弊害から抜け出そうとして懸命に努力を重ねてきた。

 

だが、ほとんどの機械翻訳研究者はそうした背景など何も考慮せず、単に人工知能研究の一手段として翻訳というものを捉えて、「英文和訳+編集」モデルをベースにして「翻訳研究」を行っている。プレエディット、ポストエディットという名のもとに編集作業だけを切り離すことができると安易に考えているのは、そのためである。彼らは、翻訳において単なる情報処理だけではすまない領域については切り捨てようとする。その部分は情報工学的な処理ができないからである。ようするに、翻訳を「なめて」いるのである。

 

だが「英文和訳+編集」モデルだけが翻訳モデルなのでは、決してない。たとえば、私のつくった「心の翻訳」モデルもまた翻訳モデルのひとつである。「心の翻訳」モデルは「英文和訳+編集」モデルのような言語レベルでの対応関係を原則的に認めないモデルである。言語としての翻訳要素についても「命題」「情報」「情意」「文体」の4領域に分けられ、それぞれの対応処理を行うものである。そこではさまざまな価値判断が求められ、要素間での矛盾の処理も必要とされる。こうした翻訳モデルに対応する情報処理プログラムが作成できるのであれば、私は機械翻訳を認めるが、それができるということは、すなわち機械翻訳が人間になることである。

 

上に述べた私の論が正しいのか正しくないのかといったことが問題なのではない。問題は、こうした本質的な論議を翻訳関係者が何もしないことである。私たち翻訳専門家がいまなすべきことは明白である。翻訳とは何か、翻訳者とはどのような人間か、翻訳を仕事にするとはどういうことなのかを根底から見直すことである。それをせずにして機械翻訳を時代の流れだとして唯唯諾諾として受け入れてしまうことは、翻訳者として翻訳業界としての自殺行為である。

Tags:

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

ソーシャルメディア
Please reload

タグから検索