January 7, 2019

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30代以上の日本人なら誰もが知っている水戸黄門の決め文句。英語にすると、どうなるでしょう。

You! Control yourself! Take a good look at this insignia!

「ええい」は、You!。「お前たち!」のニュアンスです。

「静まれ」は、Be quiet.ではだめ...

「ええい、静まれ、静まれ。この紋所が、目に入らぬか!」

September 28, 2017

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「ラ・マンチャの男」

December 21, 2017

以下に紹介する「ラ・マンチャの男」は、いまから10数年前に私(成瀬)が書いたエッセイである。あのようにしてドン・キホーテに(夢の中で)出会った私にも、わが麗しのドゥルシネーア姫(翻訳のこと)を魔の手からお守りするべく長き旅路に出るべき時が、遂にやってきたようである。自分の属する業界全体、いや社会全体の大きな流れさえをも敵にまわして闘おうというのだから、ドン・キホーテと同じく、私もまた正気を失っているのかも知れない。だが、かの誇り高きラ・マンチャの男と同じく、私もまた一人の騎士としての誇りは失っていないつもりだ。

 

☆☆☆

 

ラ・マンチャの男

 

ツルゲーネフは、近代人の典型としてハムレットとともに、ドン・キホーテの名を挙げた。ドストエフスキーは、ドン・キホーテについて「人間の魂の最も深い、最も不思議な一面が、ここに見事にえぐり出されている」と評した。

 

梅雨時の寝苦しい夜のこと、私は浅い眠りへと落ちていった。すると、突如として私は、広い平原にただ一人たたずんでいた。どうやら、ここは、スペイン南部のラ・マンチャ地方らしい。いや、よくわからないのだが、きっと、そうにちがいない。

 

ときは夕暮れ。大きく真っ赤な太陽が西の地平線へと沈もうとしている。すると、その赤く染まった地平線から、一人の男を乗せた馬がゆっくりと私のほうへ向かってくる。その横には一人の小男を乗せたロバもいる。おお、あれこそは、わがドン・キホーテとその愛馬ロシナンテ、そして従者サンチョ・パンサではないか!

 

ドン・キホーテのほうも、平原に一人立ち尽くしている私にどうやら気がついたようである。愛馬ロシナンテの歩みを止めると、錆び付いた甲冑をぎしぎしといわせながら私のほうを向き、厚紙でつくられているという頬面を少し動かして私を見据え、大声でこういった。

 

「そこの若き御方、御名を名乗られい! それがしは、その名も高き愛馬ロシナンテにうちまたがり、古来(いにしえ)より人に知られしモンティエルの野に足を踏み入れたる、音に聞こえし騎士、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャである!」

 

針金のように細いが背筋のすっくと伸びた体。落ち窪んだ眼のなかに宿る一条の強き光。しわがれてはいるが張りのある声。しわとしみだらけの顔。やせこけた老馬ロシナンテにまたがったドン・キホーテは、まさしく私の思い描いていた、そのドン・キホーテであった。私はあわてて答えた。

 

「私の名は成瀬です。あの、東京からきた成瀬です。翻訳者をやっています。」

「ふむ、翻訳者とな? それは御国において、いかなる騎士の位であるのか。」

「いえ、翻訳者は騎士ではありません。どちらかといえば、ただの人です。」

「騎士ではないとな。では、それがしから名誉ある決闘を申し込むには、いささか不足である。」

 

どうやらドン・キホーテは私と決闘をする気でいたらしい。私は翻訳者が騎士ではないことに心から感謝した。

 

「では、聞くがの、若き御方。翻訳者とは、そも何者か。」

「翻訳者というのは、ある言語で書かれたテキストを別の言語に移し変える作業をする人のことです、っていっても、わかんないだろうなあ……。えーと、そうだ! たとえばですね、ドン・キホーテさんのことについて書かれたスペイン語の本も、翻訳者の手でほかの言葉に移し変えられているんですよ。だから私もドン・キホーテさんのことを知っているんです。」

「ほう、それがしのことを書いた書物があるというのか。」

「あるどころか、世界中で読まれていますよ。」

 

それを聞くとドン・キホーテのしわだらけの頬が少しだけ緩んだようにもみえたが、その表情はすぐにもとの謹厳なものへと戻った。

 

「世界中にわが名が知られしことは名誉なことではあるが、しかし、そのことがそれがしの旅の目的ではござらぬ。」

「じゃあ、ドン・キホーテさんの旅の目的ってなんですか」

「知れたこと、麗しきドゥルシネーア姫を、わが命にかえてもお守りすることである!」

 

そういうと、ドン・キホーテは昂然としてやせこけた胸を張った。ちなみにドゥルシネーア姫とは、ドン・キホーテの家の近くの村に住んでいる村娘のことである。

 

「愛する人のために命をかけるなんて、かっこいいですよねえ。だからといって、風車にとびかかっていくというのは、ちょっとやりすぎですよ。」

「風車などというものは、それがしは存ぜぬ」

 

そうだった。このドン・キホーテの旅は、まだそこまで進んでいないのだった。

 

「ところで若き御方、それでは聞くが、貴公の旅の目的は何でござるのか。あるいは、なぜその翻訳者なる仕事をしておるのか。」

 

私はその問いかけに驚いた。そして少し考えてから、答えた。

 

「私の旅の目的は、じつは私にもよくわからないのです。ドン・キホーテさんのように、愛する人を守るためだといえばたぶん嘘になりますし、でも、ほかになにか明確な目的があるわけでもないんです。なぜ私はここにいるのか、それが私にはよくわからない……、なんだかハムレットみたいですけどね。」

「ハムレットなる御仁がいかなる方かは存ぜぬが、それは間違っておる!」。

 

私の話をじっと聞いていたドン・キホーテが突如としていった。

 

「目標なき人生など人生の名に値せぬ。神によって造られし我々は神の思し召しによってこの地上に立つものである。この限りなき神の恩寵を決して無駄にしてはならん!」

「いや、そういわれても、私はキリスト教徒じゃありませんし。困ったな……」

「ふむ、貴公は異教徒であったのか。それでは話にならぬ。では、あらためて聞くが、貴公が翻訳者なる身分についておるのは、何が目的であるのか。」

「これには、まあ、それなりの目的があります。ひとつは、もちろん食べていくためなんですけども、もうひとつは、翻訳をもっとよいものにしたいからです。いまの翻訳は根本的に何かが違うと思うんです。だから、自分の手でそれをなんとかしたいんです。」

「ふむ、それが貴公の夢であるのか?」

「はい、それが私の夢です。」

「では、それを旅の目的とすればよい。」

 

私はうろたえた。ドン・キホーテは、翻訳に私の人生をかけろといっているのだ。

 

「あっ、いや、でも、そんな夢ばっかり追っていたら、食べていけないし……、それに夢は夢であって、本当に実現するかどうかなんて、わからないし……」

「食べていくことぐらいは、なんとでもなろう。実現するかどうかは、やってみなければわからんではないか。」

「いや、それはそうですけれど……、でも、やっぱり……」

「夢を追いかけて、それがかなわぬことが、怖いのか。」

「……はい。」

「ふむ」

 

しばらくドン・キホーテは私の顔をじっと見つめていた。そして急に、その表情を和らげた。

 

「時間は、まだたっぷりとあるはずである。よく考えるがよい。だが、これだけは忘れてはならんぞ。夢をかなえることが生きることではなく、夢を見続けることが生きることなのだということを、な。」

 

そういうと、わが誇り高きドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャは、忠実なる従者サンチョ・パンサとともに、いままさに暮れなんとする太陽の赤き光を背中いっぱいに浴びながら、悠然として地平線の向こうへと消えていったのである。

 

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