翻訳とは他者の心に深く思いをはせる営みである。人への「思いやり」こそが翻訳の原点だ。

翻訳とは他者の心に深く思いをはせる営みである。他者への「思いやり」こそが人間の原点であり翻訳の原点だ。だが機械翻訳の基盤である情報処理アプローチは人間の心を一種のコンピューターと捉え、コンピューターにも通用する記号処理系を用いて人間の心の心的過程を説明しようとする。ゆえに機械翻訳では他者への思いやりを処理できない。原作者の心に寄り添うことが本質的にできない。機械翻訳は私のいうところの翻訳ではない。翻訳「もどき」である。

現在認知科学の分野で最も活発に研究されている領域のひとつに「心の理論」(The Theory of Mind)という仮説がある。「心の“理論”」とあるが、実際には他者の心を類推して理解する能力、つまり「思いやり」のことである。じつは私たちは他者の心を類推して理解する能力を生まれつき持っているわけではない。その能力は4-5歳になってから初めて獲得できることがこれまでの研究から分かっている。私たちは4-5歳になって初めて「人」になるのである。もし「心の理論」(他人を思いやる能力)を習得できなければ私たちは人になれない。ゆえに機械翻訳は人の翻訳者の代わりにはならない。

他者の心に思いをはせる必要のない「翻訳」もあり得るとの意見があるのかもしれない。そう考える人たちは私からみれば人間として成長しきれていない。そういう人たちが平気で「法律を破らなければ基本的に何をしても構わない」などと思うのだろう。人と人との関係性を、社会でのさまざまな営みを「クールに」「客観的に」「科学的に」考えるのだろう。人の心がわからない人間に翻訳者を名乗る資格はない。。

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