伊藤和夫の衣鉢を継ぐ者として

前の投稿(本のご紹介:伊藤和夫の『予備校の英語』)のなかで、伊藤和夫のコメント「予備校というホンネの世界を舞台に行なわれた数多くの実験は、有形の結果を残さぬままその幕を閉じようとしていますが、受験英語の消滅によって空くことになる巨大な空白を埋めるものは何でしょうか。」とを紹介したが、読者のなかには「では、いまの受験予備校の英語教育はどうなっているのか」という疑問を抱かれた方もいるかもしれない。

答えは簡単であり、現在の予備校の英語教育は伊藤和夫の時代とはまったく比較にならない価値の低いものである。伊藤たちの実験から生み出された貴重な成果は(竹岡広信のような弟子筋を除いて)結局のところ、ほとんど何も継承されなかった。その結果、日本の知的英語教育をウラから支えていた予備校英語は根底から崩壊してしまった。

その理由としては、大学の英語そのものが知的な側面をみずから放棄してしまったことが最も大きい。もともと大学英語は伊藤のいうように無力でひ弱な存在だったのだが、過去20年の社会の変化に合わせて彼らが選んだ道は、なんと自己放棄だった。大学入試にTOEICや英検を利用する(丸投げする)という最近の動きは、その自己放棄の発現の一例である。現在の大学の英語教師は自分の基準と判断で学生を選ぶという教師としての最低限の矜持さえも失ってしまったのである。もはや再生はあり得ないだろう。予備校英語もそうした大学英語の在り方からの影響を受けざるを得ない。つまり知的英語として価値を下げざるを得ないのである。

そのほかにも、伊藤たちの遺産を継承するだけの知的能力がその後の予備校英語教師にはなかったことや、生徒を「顧客」とみなしてその「顧客ニーズ」を満たそうとする思想が予備校を支配していることなども、現在の予備校英語の崩壊の理由として挙げられる。

結局のところ、「受験英語の消滅によって空くことになる巨大な空白を埋めるもの」は、現時点では何もない。そしてそれを新たに作り出すことが、成瀬塾の役割のひとつだと私は考える。その意味で、私は伊藤の衣鉢を継ぐ者のひとりである。

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