いわゆる「冠詞」について

「冠詞」については、そもそも、articleを「冠」詞と誰かが大誤訳したことこそが、日本の英語教育のその後の「冠詞」迷走・暴走のはじまりであったと考えます。「かんむり」などとしてしまったために、日本人のなかには「冠詞が名詞につく」という完全に間違った思い込みを刷り込まれてしまいました。

少し考えてみれば、あとから出てくる語に対して、まえに既に出ている語が「つく」ことなどあり得ないのですが、そうしたちょっとした冷静な判断さえも、これまでの日本の英語教育者はできなかった、ということです。それにしてもarticleをなぜ「かんむり」にしたのでしょうか。わかりません。

1988年に出た『日本人の英語』のなかでマーク・ピーターセンは、「名詞に"a"や"the"がつくのではない。"a"や"the"に名詞がつくとしかいいようがない」という非常に重要かつ有名な指摘をしました。これは言語学的にいえば、article(冠詞)とはdeterminer(決定詞、これも「限定詞」と誤訳されています)の一種である、ということです。なおDeterminerについては「心の英文法」で解説している説明文をこのメールの最後につけておきます。

ピーターセンの『日本人の英語』を読んだとき、日本人のarticle(「冠詞」)に対する間違った考え方がついに根底から修正されるべき時がきた、と私は確信をしました。ところがなんと、その後も学校英語教育の「冠詞」の扱いは、ほとんど変わりません。あいからず冠詞の「用法」にばかりに固執しており、アマゾンでは冠詞に関する解説本がいまも山のように発売されています。1988年から30年を経たいまもなお、状況はなにも変わっていないのです。これはいったい、どうしたことでしょう。

私は、「冠詞」というくくりでの考察をすること自体が諸悪の根源であると考えます。なによりも私たち日本語人としては、Articleとは英語人が「もの」をとらえるときの認識表現のひとつであると考えなければなりません。これを私は「名詞認識」の学習と呼んでいます。

英語人の「名詞認識」は、私たち日本語人の「名詞認識」とは、根底的に異なっています。私の考えでは、英語の名詞認識は「三層構造」をしています。すなわち、英語で「もの」を認識する際には、3つの認識判断を「必ず」経なければならない、ということです。(これについては別建てで詳しくします。)

田中さんや大西さんの登場以来、日本の英語教育の歪みが少しずつですが矯正されつつあることは、とても嬉しいことです。しかしそのスピードは、あまりにも遅すぎます。

いまもなお、多くの英語学習者が、間違った努力を続けさせられています。スポーツの世界ではウサギ跳びのような馬鹿げたトレーニングはもはやなくなりましたが、英語の世界ではいまでもウサギ跳びが主流なのです。そしてほとんどの指導者が、ウサギ跳びをさせる以外に選手をコーチングする知識や技能をほとんど持っていません。

本当に、なんとかしなければなりません。

特集記事
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2018 成瀬塾