【翻訳ワンポイントレッスン】 春はあけぼの

【翻訳ワンポイントレッスン】

「春はあけぼの」を英語にすると・・・

いわずとしれた『枕草子』の出だしです。このあと「やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる」とつづきます。

なんという繊細な美意識でしょう。千年のときを経ても日本人の心に深くしみこんでくるのではないでしょうか。

この「AはB」という文型は、いまでも広告文などでよく用いられています。「花は桜木、人は武士」「山は富士、酒は白雪」「チョコレートは明治」などです。

日本語の「AはBである」では、Aがトピックを示し、Bがそれに対するコメントを表します。「春はあけぼの」の場合には、そうした関係性がさらに絞り込まれ、Aがあるトピックを表して、Bがそのなかでの一番の存在を示しています。

このような、Aというトピックとそのなかの一番の存在としてのBを示す「AはB」のかたちは、英語のA is B.のかたちとは一対一で対応させることができません。

英語のA is B.は基本的にAイコールBの意味を持っていなければなりません。たとえば、

He is a student. (He=a student)

She is beautiful. (She=beautiful)

など。

ところが、Spring is dawn.とするとSpringイコールdawnだということになってしまいます。これは論理的にあり得ません。ゆえに、Spring is dawn.は間違いです。

× Spring is dawn.

では「春はあけぼの」を英語にするにはどうすればよいのでしょうか。以下、いくつかの候補を挙げておきます。

In spring, the dawn is the best of all.

In spring, the dawn is the best time in a day.

In spring, the dawn must be the best time in a day.

しかしながら、こうして英文には、原文がもつ大切な部分が抜け落ちています。

豊かな文学性です。「春はあけぼの」というシンプルな表現が持つ簡潔ゆえの魅力、「はる」と「あけぼの」という音のもつリズムやひびき――そうしたものが、これらの英文からはすっぽりと抜け落ちているのです。

実際の英米人文学者の翻訳では、そうした点を考慮して、はるかに簡潔なかたちで「春はあけぼの」を表現しています。

In spring, the dawn. (Meredith McKinney)

見事。これこそが文学としての翻訳だといえるでしょう。

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