田中茂範の『表現英文法』

田中茂範さんの『表現英文法』は、私の一押しの英文法書のひとつである。では、なぜ一押しなのか。

それは、『表現英文法』と他の文法書とは、そもそも「英文法」に立ち向かう基本姿勢、そして発想の根幹が違うからだ。では、どう違うのか。長くなるが、『表現英文法』自体から引用する。

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(引用1)

【「わかる」と「使える」を意識した「表現英文法」】

ここで展開する英文法は、日本人学習者が英語を習得するための英文法です。それは、「わかる」と「使える」を意識した英文法です。前述したように、そうした英文法のことを本書では「表現英文法」と呼びます。すべてのやりとりは表現を通して行われます。そして、本来、文法力は状況に応じて適切な文(表現)を作り出す力と、差し出された表現から意味を構成する力の中核になるものです。別の言い方をすれば、言葉で表現することで事態を構成するというのが「話す・書く」ということであり、言葉から事態を構成するということが「聞く・読む」ということです。

(『表現英文法[増補改訂版]』p.18)

(引用2)

【文法の全体像:名詞的世界・動詞的世界・副詞的世界】 

これまでの英文法学習では、例えば、関係代名詞、分詞構文、不定詞などについて学ぶものの、それぞれがどういうふうに有機的に相互連関しているかを示すことはありませんでした。このことは、断片的な知識はあっても、それが総合的な英文法力になかなかつながらないという問題と関連しています。

本書では、世界のとらえ方として、モノの集合としてのモノ的世界、出来事(コト)を表すコト的世界、そして、その出来事をとりまく状況としての状況世界の3つを想定します。そして、それぞれの世界を語るための文法的な道具立てとして英文法を再編成することで文法の全体像を示します。

(『表現英文法[増補改訂版]』p.20)

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以下、私の解説である。

(引用1)のなかの「本来、文法力は状況に応じて適切な文(表現)を作り出す力と、差し出された表現から意味を構成する力の中核になるものです。」という一文は、田中さんの言語学者としての言語観と文法観を示している。

こうした自分なりの言語観と文法観を最初に明確に示している類書はほとんどない。(なおその他の文法書の中では、大西泰人さんの本には、大西さんの言語観、文法観が明確に示されている)

(引用2)は、田中さんの「部分の集合体が全体なのではない」「『文法』とは、言葉による『世界のとらえ方』の分析手段のひとつ」という文法学者としての基本テーゼを示している。そのうえで、世界の捉え方を「モノ」「コト」「状況」そしてそれを「情報配列」という概念でまとめる、という全体像を図で提示している(図を添付)。

「世界の捉え方」「モノの集合としてのモノ的世界」「出来事を表すコト的世界」「状況世界」といった概念を「想定」することは「使える英文法」を構築するうえでは必要不可欠である。

しかしながら、一般の英文法書にはこうした概念が明確なかたちではほとんど出てこない。そしてその結果として、通常の英文法書は、単なる断片情報の羅列に終わっている。

こうした全体像を最初に明確に提示できているという一点だけをとっても、『表現英文法』は抜きんでた英文法書といえる。

もちろん、私としてはいろいろと意見を述べたい部分はある。しかしながら、それはどのような本であっても当然のことであって、そのことが、この本の価値を失わせるわけではない。

文法学者の常として田中さんは文章の上手い方ではない。であるから、なかなか読みづらいところもある。しかし英語学習者の皆さんには、それを織り込みつつ、まずは頑張って通読してみることをお勧めする。それをするだけの価値がある本である。

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