【成瀬塾通信 no.30】 私には同志がいる

7月1日に大阪で開催されたJapan Association of Translators主催のIJET-29で私はセッションのひとつを受け持った。

セッションの前半部分で私は「機械翻訳は単なる“翻訳もどき”」「標準化・規格化は翻訳の自殺行為」といった意見を述べたうえで次のように締め括った。

「私が翻訳者になったのは自分の心のふるさとである近代日本語での思考と感性を守り、それを私の世代においてもっと良いものしたいと思ったからである。それが私にとっての翻訳という仕事の第一義である。現在の翻訳業界が向かおうとしているのは、それとは真逆の方向である。その原動力となっているのは、歪んだビジネス論理であり、浅薄な翻訳知識である。私はその動きに真向から反対する。それは近代日本が積み上げてきた独自翻訳文明という人類にとっての貴重な財産を破壊するものだからである。皆さんはなぜ翻訳者になったのか。翻訳の本質と価値がわかっておらず、翻訳を愛してもいない商売人たちや技術屋たちに、自分にとって最も大切なものを蹂躙されて、くやしくはないのか、腹が立たないのか。」

セッション終了後に私の話を聞いてくださった何人かの方とお話する機会を得た。何人かの方からは私の話を聞いて勇気を得たとのコメントをいただいた。東京に戻ってからは、お二人の方から丁寧なメールをいただいた。自分の翻訳者としての今後の立ち位置が明確になったことに感謝するとの内容だった。

現在の翻訳業界においては、機械翻訳やCATツールを完全否定する私の翻訳観は、まさに異端中の異端といえるはずだ。西欧中世の時代であれば火あぶりの刑に処せられる思想の持ち主といえるのかも知れない。

そうした思想を引っ提げて翻訳者団体にイベントに参加することは、当人としてもそれなりに勇気のいることだった。申し出を軽々しく受けてしまったことを後悔して、できれば行きたくないなあと思ったことも確かである。

だがそうしたなかで、数人の方であっても私のつたない言葉が心に届いたとすれば、私にとってこれほど嬉しいことはない。わざわざ大阪にまでいった甲斐があったというものである。

本当の翻訳という観点からは機械翻訳やCATツールを完全否定する私の考えは今後も何があっても変わりようがない。一方で、機械翻訳やCATツールが翻訳全体をますます支配するようになるという業界の流れもまた変わりようがないのだろう。

そうした状況において私にも同志がいるということが確認できたことは、本当に有難いことである。したがってセッション後にお話ができた方々、とりわけメールをいただいた方に出会えたことに感謝しなければならないのは、まさにこちらの方なのである。皆さんからは本当の意味での励ましを勇気をいただいた。ありがとうございます。

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